十善法語 / 巻第十・不邪見戒之上
其水ヲコホシ了レハ。其月影カ飛揚テ天上ノ月中ニ歸スルニハ非ス。當處ニ生シテ當處ニ滅スル如ク。此境去レハコノ念去テ本性ヘ歸スルニハ非ス。唯當處ニ生シテ當處ニ滅スル。昨夜ノ月影ハ昨夜ニ滅スル。滅シ己テ無カト思ヘハ。今夜盤水ヲ貯レハ。必ス昨夜ノ月影ノ如クニウツル。今年中秋ノ月影ハ去年ノ影ナラネトモ。必ス去年中秋ノ月影ニ違ヒナクウツル。念相モ亦カクノ如ク。今日ノ念ハ昨日ノ念ナラネトモ。必ス昨日ノ如クニ生スル。假令十年二十年昔ノ事モ。其境來レハ其念生スル。境過去ニ屬スレハ此心モ過去ニ屬スル。境未來ニ屬スレハ此心モ未來ニ屬スル。過去ハ未來ノ爲ニ緣トナリ境トナル。未來ハ過去ノ爲ニ緣トナリ境トナル。具ニ思惟スレハ。此譬ノ中ニモ因果報應ノ理ハ明カニ現スルコトナレトモ。知ラヌ者ハ知ラヌシヤ。
新字:其水ヲコホシ了レハ。其月影カ飛揚テ天上ノ月中ニ帰スルニハ非ス。当処ニ生シテ当処ニ滅スル如ク。此境去レハコノ念去テ本性ヘ帰スルニハ非ス。唯当処ニ生シテ当処ニ滅スル。昨夜ノ月影ハ昨夜ニ滅スル。滅シ己テ無カト思ヘハ。今夜盤水ヲ貯レハ。必ス昨夜ノ月影ノ如クニウツル。今年中秋ノ月影ハ去年ノ影ナラネトモ。必ス去年中秋ノ月影ニ違ヒナクウツル。念相モ亦カクノ如ク。今日ノ念ハ昨日ノ念ナラネトモ。必ス昨日ノ如クニ生スル。仮令十年二十年昔ノ事モ。其境来レハ其念生スル。境過去ニ属スレハ此心モ過去ニ属スル。境未来ニ属スレハ此心モ未来ニ属スル。過去ハ未来ノ為ニ縁トナリ境トナル。未来ハ過去ノ為ニ縁トナリ境トナル。具ニ思惟スレハ。此譬ノ中ニモ因果報応ノ理ハ明カニ現スルコトナレトモ。知ラヌ者ハ知ラヌシヤ。
書き下し
其水ヲコホシ了レハ。其月影カ飛揚テ天上ノ月中ニ帰スルニハ非ス。当処ニ生シテ当処ニ滅スル如ク。此境去レハコノ念去テ本性ヘ帰スルニハ非ス。唯当処ニ生シテ当処ニ滅スル。昨夜ノ月影ハ昨夜ニ滅スル。滅シ己テ無カト思ヘハ。今夜盤水ヲ貯レハ。必ス昨夜ノ月影ノ如クニウツル。今年中秋ノ月影ハ去年ノ影ナラネトモ。必ス去年中秋ノ月影ニ違ヒナクウツル。念相モ亦カクノ如ク。今日ノ念ハ昨日ノ念ナラネトモ。必ス昨日ノ如クニ生スル。仮令十年二十年昔ノ事モ。其境来レハ其念生スル。境過去ニ属スレハ此心モ過去ニ属スル。境未来ニ属スレハ此心モ未来ニ属スル。過去ハ未来ノ為ニ縁トナリ境トナル。未来ハ過去ノ為ニ縁トナリ境トナル。具ニ思惟スレハ。此譬ノ中ニモ因果報応ノ理ハ明カニ現スルコトナレトモ。知ラヌ者ハ知ラヌシヤ。
現代語訳
その水をこぼしてしまえば、その月影が飛び上がって天上の月の中に帰るのではなく、その場で生じその場で滅するように、この境が去れば、この念も去って本性へ帰るのではない。ただその場で生じ、その場で滅する。昨夜の月影は昨夜に滅した。滅してしまって無いのかと思えば、今夜盆に水を貯えれば、必ず昨夜の月影と同じように映る。今年の中秋の月影は去年の影ではないけれども、必ず去年の中秋の月影と違わずに映る。念のありようもまたこのようで、今日の念は昨日の念ではないけれども、必ず昨日のように生じる。たとえ十年、二十年昔のことでも、その境が来ればその念が生じる。境が過去に属すれば、この心も過去に属する。境が未来に属すれば、この心も未来に属する。過去は未来のために縁となり境となる。未来は過去のために縁となり境となる。詳しく考えれば、このたとえの中にも因果の報いの道理ははっきりと現れているのだが、知らない者は知らないのである。
解説

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