十善法語 / 巻第九・不瞋恚戒
外書ニモ。其爾萬邦有罪。在予一人トアル。又罪疑惟輕。功疑惟重。與其殺不辜。寧失不經トアル。賢者ノ言行。カウシヤ。又孔子ノ家兒罵ラルルコトヲ知ラス。曾子ノ家兒ウタルルコトヲ知ラズトアル。若家ニ打罵呵責ノ事ノアルハ。其主人タル者ハ耻ベキコトシヤ。軍陣ト云モノハ。世間闘諍ノ大ナルコトニテ。善順柔和ニ相違セルダニ。忿兵ハ必敗軍スト云。爾餘ノ事ミナ怒テ敗レスト云コトハナイ。若事ニフレテ怒ノ心起ラハ。此敗レノ兆ト知ルカヨキシヤ。燕ノ太子丹。魏ノ高貴卿公カ憤激ニ堪ズ。禍ノ端ヲ發シテ自ラ死亡ヲ招ク。女子ノ中ニモ。晉ノ何充カ妻郭氏カ由ナキ嫉妬故乳母ヲ殺シテ。吾一子ノ終ニ育セザル。其類多キシヤ。
新字:外書ニモ。其爾万邦有罪。在予一人トアル。又罪疑惟軽。功疑惟重。与其殺不辜。寧失不経トアル。賢者ノ言行。カウシヤ。又孔子ノ家児罵ラルルコトヲ知ラス。曽子ノ家児ウタルルコトヲ知ラズトアル。若家ニ打罵呵責ノ事ノアルハ。其主人タル者ハ耻ベキコトシヤ。軍陣ト云モノハ。世間闘諍ノ大ナルコトニテ。善順柔和ニ相違セルダニ。忿兵ハ必敗軍スト云。爾余ノ事ミナ怒テ敗レスト云コトハナイ。若事ニフレテ怒ノ心起ラハ。此敗レノ兆ト知ルカヨキシヤ。燕ノ太子丹。魏ノ高貴卿公カ憤激ニ堪ズ。禍ノ端ヲ発シテ自ラ死亡ヲ招ク。女子ノ中ニモ。晋ノ何充カ妻郭氏カ由ナキ嫉妬故乳母ヲ殺シテ。吾一子ノ終ニ育セザル。其類多キシヤ。
書き下し
外書ニモ。其爾万邦有罪。在予一人トアル。又罪疑惟軽。功疑惟重。与其殺不辜。寧失不経トアル。賢者ノ言行。カウシヤ。又孔子ノ家児罵ラルルコトヲ知ラス。曽子ノ家児ウタルルコトヲ知ラズトアル。若家ニ打罵呵責ノ事ノアルハ。其主人タル者ハ耻ベキコトシヤ。軍陣ト云モノハ。世間闘諍ノ大ナルコトニテ。善順柔和ニ相違セルダニ。忿兵ハ必敗軍スト云。爾余ノ事ミナ怒テ敗レスト云コトハナイ。若事ニフレテ怒ノ心起ラハ。此敗レノ兆ト知ルカヨキシヤ。燕ノ太子丹。魏ノ高貴卿公カ憤激ニ堪ズ。禍ノ端ヲ発シテ自ラ死亡ヲ招ク。女子ノ中ニモ。晋ノ何充カ妻郭氏カ由ナキ嫉妬故乳母ヲ殺シテ。吾一子ノ終ニ育セザル。其類多キシヤ。
現代語訳
外典にも、「あなたがた万邦に罪があるなら、その責めは私一人にある」とある。また、「罪の疑わしいものは軽くし、功の疑わしいものは重くする。罪のない者を殺すよりは、むしろ常法に外れる失を選ぶ」とある。賢者の言行はこういうものである。また、孔子の家の子は罵られることを知らず、曾子の家の子は打たれることを知らない、とある。もし家に打ったり罵ったり叱ったりすることがあるならば、その主人たる者は恥じるべきことである。軍陣というものは、世間の争いの大きなもので、善順柔和とは相反するものであるのに、それでも怒りの兵は必ず敗れると言う。それ以外の事で、怒って敗れないということはない。もし事に触れて怒りの心が起こったなら、これは敗れる兆しと知るのがよいのである。燕の太子丹や魏の高貴郷公は、憤激に堪えず、禍の端を開いて自ら死を招いた。女子の中にも、晋の何充の妻郭氏が、いわれのない嫉妬のために乳母を殺し、自分の一人の子がついに育たなかった。そうした類は多いのである。
解説
この章句が説くこと
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