十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
分別善惡所歸經ニ。佛言。人於世間慈心不殺生。從不殺得五福。何等五。一者壽命增長。二者身安穩。三者不爲兵刄虎狼毒蟲所傷害。四者得上天。天上壽無極。五者從天上來下生世間則長壽。今見有百歲者皆故世宿命不殺所致。樂死不如苦生。如是分明。愼莫犯殺トアル。若殺生ノ者ハ此ニ反シテ。一ニハ壽命短ク。二ニハ驚怖多ク。三ニハ仇怨多ク。四ニハ命終シテ惡趣ニ入ル。五ニ惡趣ヨリ出テタマタマ人中ニ生スルモ。短命多病。形不具足トアル。此經ハ後漢安世高ノ譯シヤ。安世高三藏ハ得道ノ人ナルト云コトシヤ。得道聖人ノ佛語ヲ傳フル先此ヲ首トスルコトシヤ。
新字:分別善悪所帰経ニ。仏言。人於世間慈心不殺生。従不殺得五福。何等五。一者寿命增長。二者身安穏。三者不為兵刄虎狼毒虫所傷害。四者得上天。天上寿無極。五者従天上来下生世間則長寿。今見有百歳者皆故世宿命不殺所致。楽死不如苦生。如是分明。慎莫犯殺トアル。若殺生ノ者ハ此ニ反シテ。一ニハ寿命短ク。二ニハ驚怖多ク。三ニハ仇怨多ク。四ニハ命終シテ悪趣ニ入ル。五ニ悪趣ヨリ出テタマタマ人中ニ生スルモ。短命多病。形不具足トアル。此経ハ後漢安世高ノ訳シヤ。安世高三蔵ハ得道ノ人ナルト云コトシヤ。得道聖人ノ仏語ヲ伝フル先此ヲ首トスルコトシヤ。
書き下し
分別善悪所帰経ニ。仏言。人於世間慈心不殺生。従不殺得五福。何等五。一者寿命增長。二者身安穏。三者不為兵刄虎狼毒虫所傷害。四者得上天。天上寿無極。五者従天上来下生世間則長寿。今見有百歳者皆故世宿命不殺所致。楽死不如苦生。如是分明。慎莫犯殺トアル。若殺生ノ者ハ此ニ反シテ。一ニハ寿命短ク。二ニハ驚怖多ク。三ニハ仇怨多ク。四ニハ命終シテ悪趣ニ入ル。五ニ悪趣ヨリ出テタマタマ人中ニ生スルモ。短命多病。形不具足トアル。此経ハ後漢安世高ノ訳シヤ。安世高三蔵ハ得道ノ人ナルト云コトシヤ。得道聖人ノ仏語ヲ伝フル先此ヲ首トスルコトシヤ。
現代語訳
分別善悪所帰経に次のようにある。仏は言われた。人が世間で慈しみの心で殺生しなければ、殺さないことによって五つの福を得る。何を五つとするか。一つには寿命が延びる。二つには身が安らかである。三つには武器や虎狼や毒虫に傷つけられない。四つには天上に生まれ、天上での寿命は極まりない。五つには天上から下って世間に生まれれば長寿である。今、百歳の者がいるのを見るのは、みな前世の宿命で殺さなかったことによる。楽しく死ぬのは苦しく生きるのに及ばない。このように明らかである。謹んで殺生を犯してはならない、とある。もし殺生する者はこれに反して、一つには寿命が短く、二つには驚き恐れることが多く、三つには仇や恨みが多く、四つには命が終わって悪趣に入る。五つには悪趣から出てたまたま人の中に生まれても、短命で病が多く、形が具わらない、とある。この経は後漢の安世高の訳である。安世高三蔵は道を得た人だということだ。道を得た聖人が仏の言葉を伝えるのに、まずこれを初めとしたのである。
解説

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