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十善法語 / 巻第五・不綺語戒

陳後主ノ玉樹後庭花ノ曲。隋煬帝ノ清夜遊ノ曲ノ類。ソノ國ヲ亡シ身ヲ害スル。皆自ラ招ク所ト云ヘキシヤ。駱賓王劉延芝カ類ノ。其身ヲ全スルコトタモナキ。此十善ノ道ヨリ云ハ。ミナ自招クトコロシヤ。黃山谷カ初年ニ好テ情詩ヲ作ル。有志ノ者ハ驢胎馬腹タモ許サヌシヤ。マシテ若王者タル者。士君子タル者。頑童娼婦ノ情態ニ倣フハ。耻ヘキノ甚シキシヤ。

新字:陳後主ノ玉樹後庭花ノ曲。隋煬帝ノ清夜遊ノ曲ノ類。ソノ国ヲ亡シ身ヲ害スル。皆自ラ招ク所ト云ヘキシヤ。駱賓王劉延芝カ類ノ。其身ヲ全スルコトタモナキ。此十善ノ道ヨリ云ハ。ミナ自招クトコロシヤ。黄山谷カ初年ニ好テ情詩ヲ作ル。有志ノ者ハ驢胎馬腹タモ許サヌシヤ。マシテ若王者タル者。士君子タル者。頑童娼婦ノ情態ニ倣フハ。耻ヘキノ甚シキシヤ。

書き下し

陳後主ノ玉樹後庭花ノ曲。隋煬帝ノ清夜遊ノ曲ノ類。ソノ国ヲ亡シ身ヲ害スル。皆自ラ招ク所ト云ヘキシヤ。駱賓王劉延芝カ類ノ。其身ヲ全スルコトタモナキ。此十善ノ道ヨリ云ハ。ミナ自招クトコロシヤ。黄山谷カ初年ニ好テ情詩ヲ作ル。有志ノ者ハ驢胎馬腹タモ許サヌシヤ。マシテ若王者タル者。士君子タル者。頑童娼婦ノ情態ニ倣フハ。耻ヘキノ甚シキシヤ。

現代語訳

陳の後主の「玉樹後庭花」の曲、隋の煬帝の「清夜遊」の曲の類は、その国を滅ぼし身を害したが、みな自ら招いたものと言うべきである。駱賓王や劉延芝(劉廷芝)のような人々が、その身を全うすることさえできなかったのも、この十善の道から言えば、みな自ら招いたものである。黄山谷(黄庭堅)が若いころ好んで恋の詩を作ったことを、志ある者は驢馬や馬の腹に生まれる報いとして許さなかったのである。まして王者である者、士君子である者が、遊び人の少年や遊女のふるまいを真似るのは、恥ずべきことの甚だしいものである。

解説

艶っぽい詩歌や曲に耽った人物の末路を並べる段である。陳の後主と隋の煬帝はいずれも国を滅ぼした君主で、その宮廷の遊興の歌が亡国の象徴として語られてきた。駱賓王・劉廷芝は才で知られた唐の詩人だが、非業の最期を遂げたと伝わる。黄庭堅が若いころ艶詩を作り、僧から驢馬の腹に生まれると戒められた話も禅林で知られる。尊者はこれらを偶然ではなく自ら招いたものと見る。立場のある人ほど、軽い遊びの言葉が大きな結果を呼ぶという戒めとして読める。

この章句が説くこと

亡国因果綺語王者士君子黄山谷

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