十善法語 / 巻第二・不偸盜戒
中ニ就テ今此不偸盜戒ハカク憶念セヨ。今人間世界ニ生レ出シ自己五尺ノ色身ハ。過去世十善ノ影ニテ。佛性ノ一分緣起セル姿シヤ。先面白キモノシヤ。此ハ是タケノ影。是タケノ緣起ナルニ因テ。影カ手前分齊ニテ一生ノ壽命モ福分モ。位モ智慧モ德相モ。灾難モ眷屬モ。定リタルモノシヤ。旣ニ分限定ル上ハ。此影ト彼影ト相亂スルコトハナラス。此緣起ト彼緣起ト各各同シカラス。看ヨ親ノ病アルトキ其子是ニ代ルコトモナラス。子ニ痛ノアルトキ其親カ分チ忍フコトモナラヌ。此處ニ不偸盜戒カアラハルルシヤ。福分カ彼此定リアルニ由テ。彼ヲ減シテ此ヲ增スコトモナラス。此ヲ減シテ彼ト等シクスルコトモナラス。此增減ノナラヌ場處カ佛性ノアリ姿テ。不偸盜戒ノ緣起シヤ。
新字:中ニ就テ今此不偸盗戒ハカク憶念セヨ。今人間世界ニ生レ出シ自己五尺ノ色身ハ。過去世十善ノ影ニテ。仏性ノ一分縁起セル姿シヤ。先面白キモノシヤ。此ハ是タケノ影。是タケノ縁起ナルニ因テ。影カ手前分斉ニテ一生ノ寿命モ福分モ。位モ智慧モ徳相モ。災難モ眷属モ。定リタルモノシヤ。既ニ分限定ル上ハ。此影ト彼影ト相乱スルコトハナラス。此縁起ト彼縁起ト各各同シカラス。看ヨ親ノ病アルトキ其子是ニ代ルコトモナラス。子ニ痛ノアルトキ其親カ分チ忍フコトモナラヌ。此処ニ不偸盗戒カアラハルルシヤ。福分カ彼此定リアルニ由テ。彼ヲ減シテ此ヲ增スコトモナラス。此ヲ減シテ彼ト等シクスルコトモナラス。此增減ノナラヌ場処カ仏性ノアリ姿テ。不偸盗戒ノ縁起シヤ。
書き下し
中ニ就テ今此不偸盗戒ハカク憶念セヨ。今人間世界ニ生レ出シ自己五尺ノ色身ハ。過去世十善ノ影ニテ。仏性ノ一分縁起セル姿シヤ。先面白キモノシヤ。此ハ是タケノ影。是タケノ縁起ナルニ因テ。影カ手前分斉ニテ一生ノ寿命モ福分モ。位モ智慧モ徳相モ。灾難モ眷属モ。定リタルモノシヤ。既ニ分限定ル上ハ。此影ト彼影ト相乱スルコトハナラス。此縁起ト彼縁起ト各各同シカラス。看ヨ親ノ病アルトキ其子是ニ代ルコトモナラス。子ニ痛ノアルトキ其親カ分チ忍フコトモナラヌ。此処ニ不偸盗戒カアラハルルシヤ。福分カ彼此定リアルニ由テ。彼ヲ減シテ此ヲ增スコトモナラス。此ヲ減シテ彼ト等シクスルコトモナラス。此增減ノナラヌ場処カ仏性ノアリ姿テ。不偸盗戒ノ縁起シヤ。
現代語訳
中でも今、この不偸盗戒は、このように思いめぐらしなさい。今、人間世界に生まれ出た自己の五尺の身体は、過去世の十善の影であって、仏性の一部が縁起した姿である。まず面白いものである。これはこれだけの影、これだけの縁起であるから、影がそれぞれの分際であって、一生の寿命も福分も、位も智慧も徳相も、災難も眷属も定まっているのである。すでに分限が定まった上は、この影とあの影とを互いに乱すことはできない。この縁起とあの縁起とはそれぞれ同じではない。見なさい。親に病がある時、その子がこれに代わることもできず、子に痛みがある時、その親が分かち耐えることもできない。ここに不偸盗戒が顕れるのである。福分があれこれ定まりがあるから、あちらを減らしてこちらを増すこともできず、こちらを減らしてあちらと等しくすることもできない。この増減のできない所が仏性のありのままの姿で、不偸盗戒の縁起である。
解説

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