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十善法語 / 巻第一・不殺生戒

此業相ノ增長スルコト。經中ニ喩ヲ擧テ。尼拘律樹其種子。芥子三分ノ一ノ如クナレトモ。其大樹ト成ルニ至テハ。賈客五百乘ノ車ヲ蔭覆シテ猶餘リ有トアル。現ニ看ヨ。世間ノ五穀ノ類。花果ノ類。ソノ種子ハ微ナレトモ。發生時至レハ。人民コレヲ恃テ性命ヲ安スルシヤ。此業相モ初ハ微少ナレトモ。後果ヲ得ル時ニ至テハ。累却繋縛スルシヤ。人間モ初父母肉血ノ餘分ノトキハカスカナレトモ。出生スル時節ハ六根具足スルシヤ。出胎ノ時ハワツカナル赤子ナレトモ。其成長ニ至テ。或ハ聖賢トナリテ世ヲ救ヒ民ヲ利スル。或ハ惡人トナリテ道ヲ壞リ家ヲ亂ス。業種子ノ果ヲ得ル。信スレハ信セラルルシヤ。世教ニモ。始作俑者其無後乎トアル。俑ヲ作リ出セシ者タニ後ナカランカトアルニ由テ看ヨ。罪ナキ者ヲ殺害スレハ。決定ソノ報有ヲ免レ得ヌシヤ。

新字:此業相ノ增長スルコト。経中ニ喩ヲ挙テ。尼拘律樹其種子。芥子三分ノ一ノ如クナレトモ。其大樹ト成ルニ至テハ。賈客五百乗ノ車ヲ蔭覆シテ猶余リ有トアル。現ニ看ヨ。世間ノ五穀ノ類。花果ノ類。ソノ種子ハ微ナレトモ。発生時至レハ。人民コレヲ恃テ性命ヲ安スルシヤ。此業相モ初ハ微少ナレトモ。後果ヲ得ル時ニ至テハ。累却繋縛スルシヤ。人間モ初父母肉血ノ余分ノトキハカスカナレトモ。出生スル時節ハ六根具足スルシヤ。出胎ノ時ハワツカナル赤子ナレトモ。其成長ニ至テ。或ハ聖賢トナリテ世ヲ救ヒ民ヲ利スル。或ハ悪人トナリテ道ヲ壊リ家ヲ乱ス。業種子ノ果ヲ得ル。信スレハ信セラルルシヤ。世教ニモ。始作俑者其無後乎トアル。俑ヲ作リ出セシ者タニ後ナカランカトアルニ由テ看ヨ。罪ナキ者ヲ殺害スレハ。決定ソノ報有ヲ免レ得ヌシヤ。

書き下し

此業相ノ增長スルコト。経中ニ喩ヲ挙テ。尼拘律樹其種子。芥子三分ノ一ノ如クナレトモ。其大樹ト成ルニ至テハ。賈客五百乗ノ車ヲ蔭覆シテ猶余リ有トアル。現ニ看ヨ。世間ノ五穀ノ類。花果ノ類。ソノ種子ハ微ナレトモ。発生時至レハ。人民コレヲ恃テ性命ヲ安スルシヤ。此業相モ初ハ微少ナレトモ。後果ヲ得ル時ニ至テハ。累却繋縛スルシヤ。人間モ初父母肉血ノ余分ノトキハカスカナレトモ。出生スル時節ハ六根具足スルシヤ。出胎ノ時ハワツカナル赤子ナレトモ。其成長ニ至テ。或ハ聖賢トナリテ世ヲ救ヒ民ヲ利スル。或ハ悪人トナリテ道ヲ壊リ家ヲ乱ス。業種子ノ果ヲ得ル。信スレハ信セラルルシヤ。世教ニモ。始作俑者其無後乎トアル。俑ヲ作リ出セシ者タニ後ナカランカトアルニ由テ看ヨ。罪ナキ者ヲ殺害スレハ。決定ソノ報有ヲ免レ得ヌシヤ。

現代語訳

この業のすがたが増長することを、経の中に譬えを挙げて、「尼拘律樹(ニグローダ樹)はその種子が芥子粒の三分の一ほどであるけれども、その大樹となるに至っては、五百台の商人の車を覆ってなお余りがある」とある。現に見なさい。世間の五穀の類、花や果物の類は、その種子は小さいけれども、芽生える時が来れば、人民はこれに頼って命を安んじるのである。この業のすがたも初めは微少であるけれども、後に果報を得る時に至っては、劫を重ねて縛りつけるのである。人間も初めは父母の肉と血のわずかな分であった時はかすかであるけれども、生まれ出る時節には六根が具わるのである。胎を出た時はわずかな赤子であるけれども、その成長に至って、あるいは聖賢となって世を救い民を利する。あるいは悪人となって道を壊し家を乱す。業の種子が果を得るのである。信じれば信じられることである。世の教えにも、「初めて俑(殉葬の人形)を作った者は、その跡継ぎが絶えるだろうか」とある。俑を作り出しただけの者でさえ跡継ぎが絶えるだろうかと言うのによって見なさい。罪のない者を殺害すれば、必ずその報いがあることを免れないのである。

解説

小さな業が大きな果報になることを、ニグローダ樹の譬えで示す。芥子粒の三分の一ほどの種が、五百台の車を覆う大樹になる。五穀も赤子も、始まりはわずかでやがて大きく育つ。引かれる「始作俑者、其無後乎」は孟子梁恵王上篇にある孔子の言葉で、人形を副葬する風習を始めた者でさえ子孫が絶えると非難されたのだから、実際に人を殺すことの報いは言うまでもない、という論法である。小さな習慣や一言が、やがて大きな結果を生むことを思い起こさせる。

この章句が説くこと

種子因果孟子不殺生成長

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