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囲炉夜話 / 第七十五則・其の鎮定は學びて能くするに非ず

陶侃運甓官齋,其精勤可企而及也。 謝安圍棋別墅,其鎮定非學而能也。

新字:陶侃運甓官斎,其精勤可企而及也。 謝安囲棋別墅,其鎮定非学而能也。

書き下し

陶侃の官齋に甓を運ぶは、其の精勤、企てて及ぶべきなり。 謝安の別墅に圍棋するは、其の鎮定、學びて能くするに非ざるなり。

現代語訳

陶侃(東晋の武将)が役所の書斎で煉瓦を運び続けたことは、その精勤ぶりを目指して努めれば追いつくことができます。謝安(東晋の宰相)が別荘で碁を打っていたことは、その落ち着きぶりを学んで身につけられるものではありません。

解説

二人の東晋の人物を並べて、努力で届くものと届かないものを分けた則です。陶侃は暇な任地で、朝に煉瓦を運び出し夕方に運び入れて体をなまらせないようにした人として知られます。謝安は大軍が迫る中でも別荘で碁を打ち、勝利の知らせを聞いても顔色を変えなかったと伝えられます。前者は日々の習慣なので真似ができますが、後者の落ち着きは技術としては学べない、と著者は言います。ただしこれは諦めの勧めではなく、鎮定は長い修養と度量の深さからにじみ出るものだという指摘です。今日でも、勤勉は手帳の工夫で作れますが、危機のときの平静は一朝一夕には作れません。だからこそ、毎日の精勤を積むことが、その土台になるのだと読めます。

この章句が説くこと

精勤鎮定修身度量陶侃

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