囲炉夜話 / 第七十三則・孔子何を以て鄉願を惡む
孔子何以惡鄉願,只為他似忠似廉,無非假面孔。 孔子何以棄鄙夫,只因他患得患失,盡是俗心腸。
新字:孔子何以悪郷願,只為他似忠似廉,無非仮面孔。 孔子何以棄鄙夫,只因他患得患失,尽是俗心腸。
書き下し
孔子何を以て鄉願を惡むや、只だ他の忠に似廉に似るも、假の面孔に非ざる無きが為なり。 孔子何を以て鄙夫を棄つるや、只だ他の得を患へ失ふを患へて、盡く是れ俗の心腸なるに因る。
現代語訳
孔子はなぜ郷原(村の八方美人)を憎んだのでしょうか。それはただ、彼が忠実に見え清廉に見えても、すべて偽りの顔にすぎないからです。孔子はなぜ鄙夫(卑しい男)を見放したのでしょうか。それはただ、彼が得ることを心配し失うことを心配して、すべてが俗な心根だからです。
解説
孔子が退けた二種類の人物を取り上げた対句です。郷願は郷原とも書き、『論語』陽貨篇で孔子が徳の賊と呼んだ、村で誰からもよく思われる八方美人のことです。『孟子』尽心下篇では、忠信に似て廉潔に似ているが本物ではないと説明されます。鄙夫も陽貨篇に見え、地位を得る前は得ることを心配し、得た後は失うことを心配して、何でもしかねない卑しい者とされます。前者は見かけの善、後者は損得に縛られた心で、どちらも本物の徳から遠いのです。誰にでも好かれようとすること、地位にしがみつくこと、その両方を自分の中に探す鏡となります。
この章句が説くこと
郷原偽善得失孔子修身
関連する章句
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論語・陽貨篇子曰く、郷原は、徳の賊なり。
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孟子・盡心章句下萬章問いて曰く、「孔子、陳に在りて曰く、『盍ぞ歸らざる。吾が黨の士は、狂簡にして進取なり。其の初めを忘れず。』孔子、陳に在りて、何ぞ魯の狂士を思うや。」孟子曰く、「孔子は、『中道を得て之に與せずんば、必ずや狂獧か。狂者は進んで取り、獧者は為さざる所有るなり。』と。孔子豈に中道を欲せざらんや。必ずしも得可からず。故に其の次を思うなり。」「敢て問う何如なれば斯に狂と謂う可き。」曰く、「琴張・曾皙・牧皮の如き者は、孔子の所謂狂なり。」「何を以て之を狂と謂うや。」曰く、「其の志嘐嘐(コウ・コウ)然たり。古の人、古の人と曰うも、其の行いを夷考すれば、焉を掩わざる者なり。狂者又得可からず、不潔を屑(いさぎよし)しとせざるの士を得て、之に與せんと欲す。是れ獧なり。是れ又其の次なり。」「孔子曰く、『我が門を過ぎて我が室に入らざるも、我焉を憾みざる者は、其れ惟だ鄉原か。鄉原は、德の賊なり。』」曰く、「何如なれば斯に之を鄉原と謂う可き。」曰く、「『何を以て是れ嘐嘐たるや。言は行いを顧みず。行いは言を顧みず。則ち古の人、古の人と曰う。行い何為れぞ踽踽(ク・ク)涼涼たる。斯の世に生まれては斯の世を為す。善せらるれば斯に可なり。』と。閹然として世に媚ぶる者は、是れ鄉原なり。」萬子曰く、「一鄉皆原人と稱す。往く所として原人為らざる無し。孔子以て德の賊と為すは、何ぞや。」曰く、「之を非るに舉ぐべき無く、之を刺(そしる)るに刺るべき無し。流俗に同じくし、汙世に合す。之に居ること忠信に似、之を行うこと廉潔に似たり。衆皆之を悅び、自ら以て是と為すも、而も與に堯舜の道に入る可からず。故に德の賊と曰う。孔子曰く、『似て非なる者を惡む。莠(ユウ)を惡むは、其の苗を亂るを恐るればなり。佞を惡むは、其の義を亂るを恐るればなり。利口を惡むは、其の信を亂るを恐るればなり。鄭聲を惡むは、其の樂を亂るを恐るればなり。紫を惡むは、其の朱を亂るを恐るればなり。鄉原を惡むは、其の徳を亂るを恐るればなり。』君子は經に反るのみ。經正しければ、則ち庶民興る。庶民興れば、斯に邪慝無し。」
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