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囲炉夜話 / 第五十六則・多く藏する者は必ず厚く亡ふ

桃實之肉暴於外,不自吝惜,人得取而食之。 食之而種其核,猶饒生氣焉。此可見積善者有餘慶也。 栗實之肉秘於內,深自防護,人乃破而食之。 食之而棄其殼,絕無生理矣。此可知多藏者必厚亡也。

新字:桃実之肉暴於外,不自吝惜,人得取而食之。 食之而種其核,猶饒生気焉。此可見積善者有余慶也。 栗実之肉秘於内,深自防護,人乃破而食之。 食之而棄其殼,絶無生理矣。此可知多蔵者必厚亡也。

書き下し

桃實の肉は外に暴れ、自ら吝惜せず、人取りて之を食らふを得。 之を食らひて其の核を種うれば、猶ほ生氣饒かなり。此れ善を積む者に餘慶有るを見るべし。 栗實の肉は內に秘し、深く自ら防護す、人乃ち破りて之を食らふ。 之を食らひて其の殼を棄つれば、絕えて生理無し。此れ多く藏する者は必ず厚く亡ふを知るべし。

現代語訳

桃の実の果肉は外にさらけ出されていて、自分から惜しむことがなく、人は取って食べることができます。食べてその種を植えれば、なお生きる力にあふれています。ここから、善を積む者には余りある喜びがあることが分かります。栗の実の中身は内に秘められ、自分を深く守っていますが、人はそれを割って食べます。食べて殻を捨てれば、もはや生きる道理はまったくありません。ここから、多くため込む者は必ずひどく失うことが分かります。

解説

桃と栗という身近な果実を対比して、与えることと蓄えることの結末を示した一則です。桃は果肉を惜しみなく差し出し、食べられた後も種から芽を出して命をつなぎます。栗は殻で身を固めていますが、結局割られて食べられ、殻は捨てられて何も残りません。前半の積善の家に余慶ありは『易経』坤卦文言伝、後半の多く蔵すれば必ず厚く亡ふは『老子』第四十四章の言葉です。惜しみなく分け与える者はかえって次につながり、囲い込む者はかえってすべてを失うというのです。知識や機会を独り占めせず分かち合う姿勢が、長い目で見て自分を生かすことを教えています。

この章句が説くこと

積善余慶吝嗇分与因果

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