葉隠 / 聞書第二
何某は、第一顏の皮厚く、器量ありて利發者にて、御用に立つ所もあり。この前、「其の方は利發が殘らず外に出て、奧深き所なし。ちと鈍になりて、十の物三つ四つ内に殘す事はなるまじきや。」と申し候へば、「それは成り申さず候。」と申し候。さりながら御身邊、國家邊、重き事は少しもさせられぬ丈けなり。誰々と一風のものなり。利發智慧にて、何事も濟むものと覺えて入魂されぬものなり。何某は不辨には見ゆれど、實が有る故に、立つて行く奉公人なり。と。
新字:何某は、第一顔の皮厚く、器量ありて利発者にて、御用に立つ所もあり。この前、「其の方は利発が残らず外に出て、奥深き所なし。ちと鈍になりて、十の物三つ四つ内に残す事はなるまじきや。」と申し候へば、「それは成り申さず候。」と申し候。さりながら御身辺、国家辺、重き事は少しもさせられぬ丈けなり。誰々と一風のものなり。利発智慧にて、何事も済むものと覚えて入魂されぬものなり。何某は不弁には見ゆれど、実が有る故に、立つて行く奉公人なり。と。
書き下し
何某(なにがし)は、第一顔の皮厚く、器量ありて利発者にて、御用に立つ所もあり。この前、「其の方は利発が残らず外に出て、奥深き所なし。ちと鈍になりて、十の物三つ四つ内に残す事はなるまじきや。」と申し候えば、「それは成り申さず候。」と申し候。さりながら御身辺、国家辺、重き事は少しもさせられぬ丈(だ)けなり。誰々と一風のものなり。利発智慧にて、何事も済むものと覚えて入魂(じっこん)されぬものなり。何某は不弁には見ゆれど、実(じつ)が有る故に、立って行く奉公人なり。と。
現代語訳
何某は、なにより面の皮が厚く、器量があって利口者で、御用に役立つところもある。この前、「そなたは利発さが残らず外に出てしまって、奥深いところがない。少し鈍くなって、十の才のうち三つ四つは内に残しておくことはできないか」と言ったところ、「それはできません」と答えた。だが、そういう者には主君の身辺や国家の重大事は少しも任せられないだけのことだ。誰それと同じ、ひとくせある手合いだ。利発と知恵で何事も片づくものと思い込んで、人と深く親しむということをしない。一方、何某(別の者)は、一見不器用に見えるが、誠実さがあるからこそ、末永く立ち行く奉公人なのだ、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「下位に居りて、上に獲られざれば、民得て治む可からざるなり。上に獲らるるに道有り。友に信ぜられずんば、上に獲られず。友に信ぜらるるに道有り。親に事えて悅ばれずんば、友に信ぜられず。親に悅ばるるに道有り。身に反して誠ならずんば、親に悅ばれず。身を誠にするに道有り。善に明らかならずんば、其の身に誠ならず。是の故に誠は、天の道なり。誠を思うは、人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だ之れ有らざるなり。誠ならずして、未だ能く動かす者有らざるなり。」
-
説苑・說叢賢師良友其の側に在り、詩書禮樂前に陳なるも、棄てて不善を為す者は鮮なし。義士は心を欺かず、仁人は生を害せず。謀泄るれば則ち功無く、計設けざれば則ち事成らず。賢士は非とする所に事えず、事うる所を非とせず。愚者は間を行いて益ます固く、鄙人は詐を飾りて益ます野なり。聲は細なりとも聞こえざる無く、行いは隱すとも明らかならざる無し。至神は化せざる無く、至賢は移さざる無し。上信ぜず、下忠ならざれば、上下和せず、安しと雖も必ず危し。求むるに其の道を以てすれば則ち得ざる無く、為すに其の時を以てすれば則ち成らざる無し。
-
李衛公問対・卷中蕭王、赤心を人の腹中に推す。
-
言志四録・言志晩録 第二百九条 人を欺かざる者は人も欺かず人を欺かざる者は、人も亦敢て欺かず。人を欺く者は、却つて人の欺く所と為る。
-
『格言聯璧』處事類・天下に化すべからざるの人無し眞實の肝膽を以て人を待てば、事未だ必ずしも功を成さずと雖も、日後人必ず我の肝膽を見ん。 詐偽の心腸を以て事に處すれば、人即ひ一時惑ひを受くるも、日後人必ず我の心腸を見ん。 天下に化すべからざるの人無し、但だ誠心の未だ至らざるを恐る。 天下に爲すべからざるの事無し、只だ立志の堅からざるを怕る。
-
『酔古堂剣掃』集醒・瑕瑜掩はず古の人は、玉石を市肆に陳ぬるが如く、瑕瑜掩はず。今の人は、古玩を時賈に貨るが如く、真偽知り難し。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る