言志四録 / 南洲手抄
今日之貧賤不能素行、乃他日之富貴、必驕泰。今日之富貴不能素行、乃他日之患難、必狼狽。
書き下し
今日の貧賤に素行する能はずば、乃ち他日の富貴に、必ず驕泰ならん。今日の富貴に素行する能はずんば、乃ち他日の患難に、必ず狼狽せん。
現代語訳
今の貧しく低い境遇で、その分に安んじて正しく振る舞えないなら、後日富貴の身になったとき、必ず驕り高ぶるだろう。今の富貴の境遇で、その分に安んじて正しく振る舞えないなら、後日苦難に陥ったとき、必ず取り乱すだろう。
解説
『中庸』の「素其位而行(その位に素して行う)」を踏まえ、今の境遇での振る舞いが未来を決めると説いた一条です。今の貧しい境遇で、その分をわきまえて正しく振る舞えない者は、いざ富貴になれば必ず驕り高ぶる。逆に今の富貴で驕らずにいられない者は、いざ苦難が来れば必ず取り乱す。つまり、順境・逆境での本当の姿は、平生どの境遇であれ「その場に安んじて正しくある」訓練の有無に表れる、というのです。西郷が要職にありながら質素を貫いた逸話が評に添えられます。今この境遇での自分の在り方が、境遇が変わったときの自分を作る。現在の一挙一動の重みを説く一条です。
この章句が説くこと
素行貧賤と富貴驕りと狼狽中庸
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