言志四録 / 南洲手抄
爲學緊要、在心一字。把心以治心、謂之聖學。爲政著眼、在情一字。循情以治情、謂之王道。王道聖學非二。
新字:為学緊要、在心一字。把心以治心、謂之聖学。為政著眼、在情一字。循情以治情、謂之王道。王道聖学非二。
書き下し
学を為すの緊要は心の一字に在り。心を把つて以て心を治む、之を聖学と謂ふ。政を為すの着眼は情の一字に在り。情に循うて以て情を治む、之を王道と謂ふ。王道と聖学と二に非ず。
現代語訳
学問の要は「心」の一字にある。自分の心をとらえて心を治める、これを聖人の学という。政治の要は「情」の一字にある。人の情に沿ってその情を治める、これを王道という。そして王道と聖学とは、別々の二つではない。
解説
個人の修養(聖学)と政治(王道)を、一つの原理で貫いた一条です。学問の核心は自分の「心」を治めること、政治の核心は人々の「情」に沿ってそれを治めること。一見別々のようで、一斎は「王道と聖学は二つではない」と言い切ります。自分の心を治められる者だけが、人の情を治められる。つまり、リーダーの資格は、まず自らを修めているかにある、という『大学』の修身斉家治国平天下の思想がここに響きます。組織運営と自己修養を切り離しがちな現代のリーダーに、両者は地続きだと教える一条です。
この章句が説くこと
聖学と王道修身心と情リーダーシップ
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