武士道 / 第七章 至誠信實・武士が商業に転じて失敗する
乞ふ今少しく之を觀察せん。我國の歷史に通曉する者は記憶せん、開港後幾年ならずして、封建の廢滅するや、武士は家祿を失ひて、此れに代ふるに公債の下附を以てせられ、而して其公債を放資して商業を營むの自由を賦與せられたることを。或は問ふ、『然らば、武士は此際、何が故に其誇りとせる、誠實信義に依りて、此新事業に當り、以て商業の舊弊を一洗することを得ざりし平一と。彼の志高く行潔き武士の輩が、其身を曾て經驗なき新職業に投じ而して狡獪なる平民に抗して、錙銖の利を爭はんと欲す、爭でか其の成功を期するを得んや。されば之れが爲に多大の失敗を招くの止むを得ざるに至りしは、盖し悲慘の極と云ふべく、目ある者は之を見て哭し、心ある者は之を想ふて淚禁ずる能はざりしもの、盖し當時の狀態にあらずや。
新字:乞ふ今少しく之を観察せん。我国の歴史に通暁する者は記憶せん、開港後幾年ならずして、封建の廃滅するや、武士は家禄を失ひて、此れに代ふるに公債の下附を以てせられ、而して其公債を放資して商業を営むの自由を賦与せられたることを。或は問ふ、『然らば、武士は此際、何が故に其誇りとせる、誠実信義に依りて、此新事業に当り、以て商業の旧弊を一洗することを得ざりし平一と。彼の志高く行潔き武士の輩が、其身を曽て経験なき新職業に投じ而して狡獪なる平民に抗して、錙銖の利を争はんと欲す、争でか其の成功を期するを得んや。されば之れが為に多大の失敗を招くの止むを得ざるに至りしは、盖し悲惨の極と云ふべく、目ある者は之を見て哭し、心ある者は之を想ふて涙禁ずる能はざりしもの、盖し当時の状態にあらずや。
書き下し
乞ふ、今少しく之を観察せん。我国の歴史に通暁する者は記憶せん、開港後幾年ならずして、封建の廃滅するや、武士は家禄を失ひて、此れに代ふるに公債の下附を以てせられ、而して其公債を放資して商業を営むの自由を賦与せられたることを。或は問ふ、『然らば武士は此際、何が故に其誇りとせる誠実信義に依りて、此新事業に当り、以て商業の旧弊を一洗することを得ざりしか』と。彼の志高く行ひ潔き武士の輩が、其身をかつて経験なき新職業に投じ、而して狡獪なる平民に抗して、錙銖の利を争はんと欲す、いかでか其の成功を期するを得んや。されば之れが為に多大の失敗を招くの止むを得ざるに至りしは、けだし悲惨の極と云ふべく、目ある者は之を見て哭し、心ある者は之を想ふて涙禁ずる能はざりしもの、けだし当時の状態にあらずや。
現代語訳
どうかもう少しこれを観察させてください。わが国の歴史に通じた人は覚えているでしょう。開港から何年もたたずに封建制度が廃止されると、武士は家禄を失い、その代わりに公債を渡され、その公債を元手に商業を営む自由を与えられたことを。ある人は問うでしょう。それなら武士はそのとき、なぜ誇りとしていた誠実と信義によってこの新しい事業に当たり、商業の古い弊害を一掃できなかったのか、と。あの志が高く行いの潔い武士たちが、自分の身をかつて経験のない新しい職業に投じ、狡猾な平民に対抗してわずかな利を争おうとする。どうして成功を期待できましょうか。ですからそのために大きな失敗を招かざるを得なかったのは、まことに悲惨の極みと言うべきで、目のある者はこれを見て泣き、心のある者はこれを思って涙を禁じえなかったのが、当時の状態ではないでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻八・包拯公、京を尹め、明察と號と爲す。編民の法を犯して當に脊を杖たるべき有り。吏、賕を受け、之と約して曰く、今、尹に見えば必ず我に責狀を付せん。汝、第だ呼號して自ら辨ぜよ。我、汝と此の罪を分かたん。汝、杖を决せられ、我も亦た杖を决せられんと。既にして包、囚を引きて問い畢わる。果たして吏に責狀を付す。囚、吏の言の如くし、分辨して巳まず。吏、大聲もて之を訶して曰く、但だ脊杖を受けて出で去れ。何ぞ多言を用いんやと。包、其の權を市うと謂い、吏を捽して之を杖つこと十七。特に囚の罪を寛くして止だ從杖に坐す。以て吏の勢いを沮む。知らず、乃ち賣らるる所と爲るを。卒に素約の如し。小人の姦を爲すは、固より防ぎ難きなり。公の天性は峭嚴なり。未だ嘗て笑容有らず。人、包希仁の笑いは黄河の清むに比すと謂う。
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『墨子』親士昔者、文公は出で走りて天下を正し、桓公は國を去りて諸侯に霸たり、越王句踐は吳王の仇に遜りて、尚お中國の賢君を攝す。三子の能く名を達し功を天下に成せるや、皆な其の國に於て抑えられ、而して大いに醜ずかしめられたればなり。太上は敗るること無く、其の次は敗れて以て成すこと有り、此れを之れ民を用うと謂う。吾れ之を聞けらく、「安居無きに非ざるなり、我に安心無きなり。足財無きに非ざるなり、我に足心無きなり」と。是の故に君子は自らを難んじて彼を易んじ、衆人は自らを易んじて彼を難んず。君子は進んで其の志を敗らず、内に其の情を究め、庸民に雜わると雖も、終に怨心無し。彼れ自ら信ずる者有ればなり。
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孟子・公孫丑章句下燕人畔く。王曰く、「吾甚だ孟子に慚づ。」陳賈曰く、「王患うること無かれ。王自ら以て周公と孰れか仁且つ智なりと為すか。」王曰く、「惡。是れ何の言ぞや。」曰く、「周公、管叔をして殷を監せしむ。管叔、殷を以て畔く。知りて之を使むれば、是れ不仁なり。知らずして之を使むれば、是れ不智なり。仁智は周公も未だ之れ盡くさざるなり。而るを況んや王に於いてをや。賈請う、見て之を解かん。」孟子を見て、問いて曰く、「周公は何人ぞや。」曰く、「古の聖人なり。」曰く、「管叔をして殷を監せしめしに、管叔、殷を以て畔く。諸れ有りや。」曰く、「然り。」曰く、「周公は其れ將に畔かんとするを知りて之に使むるか。」曰く、「知らざるなり。」「然らば則ち聖人すら且つ過つこと有るか。」曰く、「周公は弟なり。管叔は兄なり。周公の過つも、亦た宜ならずや。且つ古の君子は、過てば則ち之を改む。今の君子は、過てば則ち之に順う。古の君子は、其の過つや、日月の食するが如し。民皆之を見る。其の更むるに及んでや、民皆之を仰ぐ。今の君子は、豈に徒に之に順うのみならんや。又從って之が辭を為す。」
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『学問のすゝめ』十四編・心事の棚卸し・世の事変は活物にてまた人の性に智愚強弱の別ありといえども、みずから禽獣の智恵にも叶わぬと思う者はあるべからず。世の中にあるさまざまの仕事を見分けて、この事なれば自分の手にも叶うことと思い、自分相応にこれを引き受くることなれども、その事を行なうの間に、思いのほかに失策多くして最初の目的を誤り、世間にも笑われ、自分にも後悔すること多し。世に功業を企てて誤る者を傍観すれば、実に捧腹にも堪えざるほどの愚を働きたるように見ゆれども、そのこれを企てたる人は必ずしもさまで愚なるにあらず、よくその情実を尋ぬれば、また尤もなる次第あるものなり。畢竟世の事変は活物にて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。
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孫子・謀攻篇将その忿に勝えずしてこれに蟻附すれば、士卒の三分の一を殺し、城抜けざる者、此れ攻の災なり。
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