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塩鉄論 / 國疾篇

賢良曰:「夫山東天下之腹心、賢士之戰場也。高皇帝龍飛鳳舉於宋、楚之間、山東子弟蕭、曹、樊、酈、滕、灌之屬為輔、雖即異世、亦既閎夭、太顛而已。禹出西羌、文王生北夷、然聖德高世、有萬人之才、負叠群之任、出入都市、一旦不知返、數然後終於廝役而已。仆雖不生長京師、才駑下愚、不足與大議、竊以所聞閭里長老之言、往者、常民衣服溫暖而不靡、器質樸牢而致用、衣足以蔽體、器足以便事、馬足以易步、車足以自載、酒足以合歡而不湛、樂足以理心而不淫、入無宴樂之聞、出無佚遊之觀、行即負嬴、止則鋤耘、用約而財饒、本修而民富、送死哀而不華、養生適而不奢、大臣正而無欲、執政寬而不苛、故黎民寧其性、百吏保其官。建元之始、崇文修德、天下乂安。其後、邪臣各以伎藝、虧亂至治、外障山海、內興諸利。楊可告緡、江充禁服、張大夫革令、杜周治獄、罰贖科適、微細並行、不可勝載。夏蘭之屬妄搏、王溫舒之徒妄殺、殘吏萌起、擾亂良民。當此之時、百姓不保其首領、豪富莫必其族姓。聖主覺焉、乃刑戮充等、誅滅殘賊、以殺死罪之怨、塞天下之責、然居民肆然復安。然其禍累世不復、瘡痍至今未息。故百官尚有殘賊之政、而強宰尚有強奪之心。大臣擅權而擊斷、豪猾多黨而侵陵、富貴奢侈、貧賤篡殺、女工難成而易弊、車器難就而易敗、車不累、器不終歲、一車千石、一衣十鐘。常民文杯畫案、機席緝、婢妾衣紈履絲、匹庶粺飯肉食、裏有俗、黨有場、康莊馳逐、窮巷蹋鞠、秉耒抱臿、躬耕身織者寡、聚要斂容、傅白黛青者眾。無而為有、貧而強誇、文表無裏、紈枲裝、生不養、死厚送、葬死殫家、遣女滿車、富者欲過、貧者欲及、富者空減、貧者稱貸。是以民年急而歲促、貧即寡恥、乏即少廉、此所以刑非誅惡而奸猶不止也。故國有嚴急之征、即生散不足之疾矣。」

新字:賢良曰:「夫山東天下之腹心、賢士之戦場也。高皇帝竜飛鳳舉於宋、楚之間、山東子弟蕭、曹、樊、酈、滕、灌之属為輔、雖即異世、亦既閎夭、太顛而已。禹出西羌、文王生北夷、然聖徳高世、有万人之才、負叠群之任、出入都市、一旦不知返、数然後終於廝役而已。仆雖不生長京師、才駑下愚、不足与大議、竊以所聞閭里長老之言、往者、常民衣服温暖而不靡、器質樸牢而致用、衣足以蔽体、器足以便事、馬足以易歩、車足以自載、酒足以合歓而不湛、楽足以理心而不淫、入無宴楽之聞、出無佚遊之観、行即負嬴、止則鋤耘、用約而財饒、本修而民富、送死哀而不華、養生適而不奢、大臣正而無欲、執政寛而不苛、故黎民寧其性、百吏保其官。建元之始、崇文修徳、天下乂安。其後、邪臣各以伎芸、虧乱至治、外障山海、内興諸利。楊可告緡、江充禁服、張大夫革令、杜周治獄、罰贖科適、微細並行、不可勝載。夏蘭之属妄搏、王温舒之徒妄殺、残吏萌起、擾乱良民。当此之時、百姓不保其首領、豪富莫必其族姓。聖主覚焉、乃刑戮充等、誅滅残賊、以殺死罪之怨、塞天下之責、然居民肆然復安。然其禍累世不復、瘡痍至今未息。故百官尚有残賊之政、而強宰尚有強奪之心。大臣擅権而擊断、豪猾多党而侵陵、富貴奢侈、貧賤篡殺、女工難成而易弊、車器難就而易敗、車不累、器不終歳、一車千石、一衣十鐘。常民文杯画案、機席緝、婢妾衣紈履糸、匹庶粺飯肉食、裏有俗、党有場、康荘馳逐、窮巷蹋鞠、秉耒抱臿、躬耕身織者寡、聚要斂容、傅白黛青者眾。無而為有、貧而強誇、文表無裏、紈枲装、生不養、死厚送、葬死殫家、遣女満車、富者欲過、貧者欲及、富者空減、貧者称貸。是以民年急而歳促、貧即寡恥、乏即少廉、此所以刑非誅悪而奸猶不止也。故国有厳急之征、即生散不足之疾矣。」

書き下し

賢良曰く、夫れ山東は天下の腹心、賢士の戰場なり。高皇帝は宋・楚の間に龍飛鳳舉し、山東の子弟蕭・曹・樊・酈・滕・灌の屬輔と為る、世を異にすと雖も、亦た既に閎夭・太顛のみ。禹は西羌に出で、文王は北夷に生まる、然れども聖德世に高く、萬人の才有り、群を叠ぬるの任を負う。仆京師に生長せずと雖も、才は駑にして下愚、與に大議するに足らず、竊かに閭里の長老の言に聞く所を以てせん。往者、常民の衣服は溫暖にして靡ならず、器は質樸牢にして用に致る、衣は以て體を蔽うに足り、器は以て事を便にするに足り、馬は以て步に易うるに足り、車は以て自ら載するに足り、酒は以て歡を合するに足りて湛れず、樂は以て心を理むるに足りて淫せず、入りては宴樂の聞無く、出でては佚遊の觀無し、行けば即ち負嬴し、止まれば則ち鋤耘す、用約にして財饒か、本修まりて民富む、死を送るに哀しみて華ならず、生を養うに適して奢らず、大臣は正しくして欲無く、執政は寬にして苛ならず、故に黎民は其の性を寧んじ、百吏は其の官を保てり。建元の始め、文を崇び德を修め、天下乂安なり。其の後、邪臣各々伎藝を以て、至治を虧亂す、外は山海を障り、內は諸利を興す。楊可の告緡、江充の禁服、張大夫の革令、杜周の治獄、罰贖科適、微細並び行われ、勝げて載すべからず。夏蘭の屬は妄りに搏り、王溫舒の徒は妄りに殺す、殘吏萌起して、良民を擾亂す。此の時に當たりて、百姓は其の首領を保たず、豪富も其の族姓を必とする莫し。聖主覺り、乃ち充等を刑戮し、殘賊を誅滅し、以て死罪の怨を殺ぎ、天下の責を塞ぐ、然る後に居民肆然として復た安んず。然れども其の禍は累世復せず、瘡痍今に至るまで未だ息まず。故に百官には尚お殘賊の政有り、而して強宰には尚お強奪の心有り。大臣は權を擅にして擊斷し、豪猾は黨多くして侵陵す、富貴は奢侈し、貧賤は篡殺す。女工は成り難くして弊れ易く、車器は就り難くして敗れ易し、車は累ならず、器は歲を終えず、一車は千石、一衣は十鐘なり。常民すら文杯畫案、機席緝あり、婢妾すら紈を衣て絲を履き、匹庶すら粺飯肉食す。裏に俗有り、黨に場有り、康莊に馳逐し、窮巷に蹋鞠す、耒を秉り臿を抱き、躬ら耕し身ら織る者は寡く、要を聚め容を斂め、白を傅け青を黛する者は眾し。無くして有りと為し、貧しくして強いて誇る。文表にして裏無く、紈もて枲を裝う。生きては養わず、死しては厚く送る、葬死は家を殫くし、遣女は車に滿つ、富者は過ぎんと欲し、貧者は及ばんと欲す、富者は空しく減じ、貧者は稱貸す。是を以て民は年急にして歲促る、貧しければ即ち恥寡なく、乏しければ即ち廉少なし、此れ刑の惡を誅するに非ずして奸猶お止まざる所以なり。故に國に嚴急の征有れば、即ち散不足の疾を生ずるなり。

現代語訳

賢良が言った。「山東は天下の腹と心臓であり、賢士の戦場です。高祖は宋と楚のあいだから龍のごとく飛び立ち、山東の子弟である蕭何・曹参・樊噲・酈商・夏侯嬰・灌嬰らが補佐となりました。時代は違っても、彼らは閎夭や太顛と同じ働きをしたのです。禹は西羌に生まれ、文王は北の異民族の地に生まれました。それでも徳は世に高く、万人分の才を持ち、群を束ねる任を負いました。私は都で育ったわけではなく、才も鈍く愚かで、大きな議論に加わるには足りません。ただ、里の古老たちから聞いたことを申し上げます。昔は、普通の人の衣服は暖かいが華美ではなく、器は質素で丈夫で役に立ちました。衣は体を覆えれば足り、器は仕事に使えれば足り、馬は歩く代わりになれば足り、車は自分を運べれば足りました。酒は歓びを共にできれば足りて溺れず、音楽は心を整えられれば足りて度を越さない。家では宴の音が聞こえず、外では遊び歩く姿が見えない。出れば荷を担ぎ、留まれば草を取る。費えは切り詰められ財は豊かで、本業が整って民は富んでいました。死者は哀しみをもって送り、華美にしない。生者は適度に養い、奢らない。大臣は正しくて欲がなく、執政は寛やかで苛酷でない。だから民はその性に安んじ、役人はその職を保てたのです。建元の初めも、文を崇び徳を修め、天下は安らかでした。その後、邪な臣がそれぞれの手練手管によって、よく治まっていた政を損ない乱しました。外は山海を囲い込み、内はあらゆる利を興した。楊可の密告奨励、江充の服装取り締まり、張湯の法改正、杜周の獄事、罰金や贖罪や科罪や適罰といった細かな仕組みが並び行われ、数え上げられません。夏蘭の輩はみだりに捕らえ、王温舒の徒はみだりに殺し、酷吏が次々に現れて良民をかき乱しました。この時期、民は首がつながっている保証がなく、豪族や富者もその一族の存続を確信できませんでした。聖なる主君が気づかれ、江充らを処刑し、残虐な者たちを誅滅して、死罪にされた者たちの怨みを和らげ、天下の責めをふさがれました。それでようやく民は落ち着きを取り戻したのです。しかしその禍いは何代経っても回復せず、傷はいまも癒えていません。だから役人にはなお残虐な政治が残り、地方の有力者にはなお奪い取る心があります。大臣は権を握って独断し、悪賢い有力者は徒党を組んで侵し、富貴の者は奢り、貧賤の者は奪い殺す。女の手仕事は仕上げるのに手間がかかるのにすぐ傷み、車や器は作るのに手間がかかるのにすぐ壊れる。車は積み重ならず、器は一年ももたない。一台の車が千石、一枚の衣が十鐘もします。普通の民までが模様入りの杯と絵の描かれた膳を使い、織り込んだ敷物を敷く。下女や妾までが薄絹を着て絹の履物を履き、庶民までが精白した飯と肉を食べる。町にはそれぞれの流行があり、村ごとに遊び場がある。大通りで馬を走らせ、路地で蹴鞠をする。鋤を握り鍬を抱えて自ら耕し自ら織る者は少なく、身なりを整え白粉をつけ眉を描く者が多い。無いのに有るように見せ、貧しいのに無理に見栄を張る。表は上等な織物で裏は何もなく、絹で麻くずを包んでいる。生きているうちは養わず、死んでから手厚く送る。葬式で家財を使い果たし、嫁入り道具は車に山盛りです。富める者は人より上を行こうとし、貧しい者は追いつこうとする。富める者はいたずらに財を減らし、貧しい者は借金をする。だから民は年ごとに追い詰められ、月日に追われる。貧しければ恥が減り、乏しければ廉が減る。これこそが、刑は悪を誅しているのに不正が止まらない理由です。だから国に厳しく急な取り立てがあれば、そこに『散不足』という病が生じるのです」

解説

大夫の真剣な問いへの、長大な答えです。答えは二段構えになっています。第一に、酷吏の時代に受けた傷は何代経っても癒えていない。**制度を戻しても、人の記憶と行動は戻らない**。第二に、見栄の連鎖です。富める者は上を行こうとし、貧しい者は追いつこうとする。無いのに有るように見せ、絹で麻くずを包む。そして結論の一句——**貧しければ恥が減り、乏しければ廉が減る**。清廉さは人格ではなく余裕の関数だ、と言い切りました。だから刑を厳しくしても不正は止まらない。この診断は、いまの組織にも国にも、そのまま当てはまります。

この章句が説くこと

貧しければ即ち恥寡なく乏しければ即ち廉少なし其の禍は累世復せず瘡痍今に至るまで未だ息まず無くして有りと為し貧しくして強いて誇る格差風俗見栄

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