塩鉄論 / 刺復篇
大夫曰為色矜而心不懌、曰:「但居者不知負載之勞、從旁議者與當局者異憂。方今為天下腹居郡、諸侯並臻、中外未然、心憧憧若涉大川、遭風而未薄。是以夙夜思念國家之用、寢而忘寐、饑而忘食、計數不離於前、萬事簡閱於心。丞史器小、不足與謀、獨郁大道、思睹文學、若俟周、邵而望高子。御史案事郡國、察廉舉賢才、歲不乏也。今賢良、文學臻者六十餘人、懷六藝之術、騁意極論、宜若開光發蒙、信往而乖於今、道古而不合於世務。意者不足以知士也?將多飾文誣能以亂實邪?何賢士之難睹也!自千乘倪寬以治尚書位冠九卿、及所聞睹選舉之士、擢升贊憲甚顯、然未見絕倫比、而為縣官興滯立功也。」
新字:大夫曰為色矜而心不懌、曰:「但居者不知負載之労、従旁議者与当局者異憂。方今為天下腹居郡、諸侯並臻、中外未然、心憧憧若渉大川、遭風而未薄。是以夙夜思念国家之用、寝而忘寐、饑而忘食、計数不離於前、万事簡閲於心。丞史器小、不足与謀、独郁大道、思睹文学、若俟周、邵而望高子。御史案事郡国、察廉舉賢才、歳不乏也。今賢良、文学臻者六十余人、懐六芸之術、騁意極論、宜若開光発蒙、信往而乖於今、道古而不合於世務。意者不足以知士也?将多飾文誣能以乱実邪?何賢士之難睹也!自千乗倪寛以治尚書位冠九卿、及所聞睹選舉之士、擢升賛憲甚顕、然未見絶倫比、而為県官興滞立功也。」
書き下し
大夫、色を矜と為して心懌ばず、曰く、但だ居る者は負載の勞を知らず、旁らより議する者は當局者と憂いを異にす。方今天下の腹居の郡たり、諸侯並び臻る、中外未だ然らず、心憧憧として大川を涉り、風に遭いて未だ薄らざるが若し。是を以て夙夜國家の用を思念し、寢ねて寐ぬるを忘れ、饑えて食を忘る、計數は前を離れず、萬事は心に簡閱す。丞史は器小にして、與に謀るに足らず、獨り大道に郁し、文學を睹んと思うこと、周・邵を俟ちて高子を望むが若し。御史は事を郡國に案じ、廉を察し賢才を舉ぐ、歲に乏しからざるなり。今賢良・文學の臻る者六十餘人、六藝の術を懷き、意を騁せ論を極む、宜しく光を開き蒙を發するが若かるべし、往を信じて今に乖き、古を道いて世務に合わず。意うに士を知るに足らざるか、將た多く文を飾り能を誣いて以て實を亂すか。何ぞ賢士の睹難きや。千乘の倪寬の尚書を治むるを以て位九卿に冠たるより、聞き睹る所の選舉の士に及ぶまで、擢升せられ憲を贊くること甚だ顯らかなり、然れども未だ倫比を絕ちて、縣官の為に滯を興し功を立つる者を見ざるなり。
現代語訳
大夫は表情を硬くして不機嫌になり、こう言った。「ただ坐っている者は荷を担ぐ苦労を知らず、傍らから議論する者は当事者と憂いが違う。いまや天下の中心となる郡であり、諸侯が次々にやって来る。内も外もまだ落ち着かない。心はゆらゆらと、大河を渡っているときに風に遭って、まだ岸に着かないようなものだ。だから朝から晩まで国家の費えを思案し、寝ても眠るのを忘れ、飢えても食べるのを忘れる。計算は目の前から離れず、あらゆる事柄を心の中で点検している。属官たちは器量が小さく、ともに謀るに足りない。ひとり大きな道理に思いふさぎ、学問ある士に会いたいと願うこと、周公や召公を待ち、高子を望むようなものだった。御史は諸郡国を巡って事案を調べ、清廉な者を見出し賢才を挙げてきた。毎年欠かしたことはない。いま賢良・文学として集まった者は六十余人、六芸の学を身につけ、思いのままに論を尽くしている。目を開かせ蒙を啓いてくれてよいはずだ。ところが昔のことを信じて今に合わず、古を語って現実の政務に合わない。思うに、こちらが士を見抜けていないのか。それとも文章を飾り才能を偽って実質を乱しているのか。なんと賢い士に出会うのは難しいことか。千乗の倪寛が『尚書』を修めて九卿の首位に立って以来、見聞きしてきた登用された士に至るまで、抜擢されて政務を助けた例は目立つ。だが、抜きん出て官のために停滞を動かし功を立てた者を、まだ見たことがない」
解説
この章句が説くこと
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人生を、一行の式にしてみた。
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