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淮南子 / 人間訓

聖王布德施惠,非求其報於百姓也;郊望禘嘗,非求福於鬼神也。山致其高而雲起焉,水致其深而蛟龍生焉,君子致其道而福祿歸焉。夫有陰德者必有陽報,有陰行者必有昭名。古者,溝防不修,水為民害,禹鑿龍門,辟伊闕,平治水土,使民得陸處。百姓不親,五品不慎,契教以君臣之義,父子之親,夫妻之辨,長幼之序。田野不脩,民食不足,后稷乃教之辟地墾草,糞土種穀,令百姓家給人足。故三后之後,無不王者,有陰德也。

新字:聖王布徳施恵,非求其報於百姓也;郊望禘嘗,非求福於鬼神也。山致其高而雲起焉,水致其深而蛟竜生焉,君子致其道而福禄帰焉。夫有陰徳者必有陽報,有陰行者必有昭名。古者,溝防不修,水為民害,禹鑿竜門,辟伊闕,平治水土,使民得陸処。百姓不親,五品不慎,契教以君臣之義,父子之親,夫妻之弁,長幼之序。田野不脩,民食不足,后稷乃教之辟地墾草,糞土種穀,令百姓家給人足。故三后之後,無不王者,有陰徳也。

書き下し

聖王の德を布き惠を施すは、其の報いを百姓に求むるに非ざるなり。郊望禘嘗は、福を鬼神に求むるに非ざるなり。山 其の高きを致して雲 起こり、水 其の深きを致して蛟龍 生じ、君子 其の道を致して福祿 歸す。夫れ陰德有る者は必ず陽報有り、陰行有る者は必ず昭名有り。古者、溝防 修まらず、水 民の害を爲す。禹 龍門を鑿ち、伊闕を辟き、水土を平治して、民をして陸處するを得しむ。百姓 親しまず、五品 慎まず。契 教うるに君臣の義、父子の親、夫妻の辨、長幼の序を以てす。田野 脩まらず、民食 足らず。后稷 乃ち之に教うるに地を辟き草を墾き、土を糞し穀を種えしめ、百姓をして家 給し人 足らしむ。故に三后の後、王たらざる者無きは、陰德有ればなり。

現代語訳

聖王が徳を広め恵みを施すのは、その報いを民に求めてのことではない。郊祭や望祭、禘や嘗の祭りは、福を鬼神に求めてのことではない。山がその高さを尽くせば雲が起こり、水がその深さを尽くせば蛟龍が生まれ、君子がその道を尽くせば福禄が帰する。人知れず徳を積んだ者には必ず表に出る報いがあり、人知れず行った者には必ず明らかな名がある。昔、溝や堤が整わず、水が民の害となった。禹は龍門を穿ち、伊闕を開き、水と土を平らげ治めて、民が陸に住めるようにした。民が親しみ合わず、五つの人倫が守られなかった。契は君臣の義、父子の親、夫婦の別、長幼の序を教えた。田野が整わず、民の食が足りなかった。后稷は土地を開き草を墾き、土を肥やして穀を蒔くことを教え、民の家々を足るようにした。だからこの三人の子孫に王とならなかった者がないのは、人知れぬ徳があったからである。

解説

「山 其の高きを致して雲 起こり、水 其の深きを致して蛟龍 生じ、君子 其の道を致して福祿 歸す」。雲を呼ぼうとして高くなる山はありません。高くなった結果として雲が湧く。報いを求めない徳がなぜ返ってくるかを、この一行が説明しています。続く禹・契・后稷は、その実例です。三人とも、目の前の民の困りごとを片づけただけで、子孫の栄達を狙ってはいない。

この章句が説くこと

聖王の徳を布き恵を施すは其の報いを百姓に求むるに非ざるなり山其の高きを致して雲起こり水其の深きを致して蛟竜生ず君子其の道を致して福禄帰す夫れ陰徳有る者は必ず陽報有り陰行有る者は必ず昭名有り三后の後王たらざる者無きは陰徳有ればなり陰徳

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