淮南子 / 氾論訓
故達道之人,不苟得,不讓福;其有弗棄,非其有弗索;常滿而不溢,恆虛而易足。今夫霤水足以溢壺榼,而江,河不能實漏卮,故人心猶是也。自當以道術度量,食充虛,衣禦寒,則足以養七尺之形矣。若無道術度量而以自儉約,則萬乘之勢不足以為尊,天下之富不足以為樂矣。孫叔敖三去令尹而無憂色,爵祿不能累也;荊佽非兩蛟夾繞其船而志不動,怪物不能驚也。聖人心平志易,精神內守,物莫足以惑之。夫醉者,俛入城門,以為七尺之閨也;超江、淮,以為尋常之溝也;酒濁其神也。怯者,夜見立表,以為鬼也;見寢石,以為虎也;懼揜其氣也。又況無天地之怪物乎!
新字:故達道之人,不苟得,不譲福;其有弗棄,非其有弗索;常満而不溢,恒虚而易足。今夫霤水足以溢壺榼,而江,河不能実漏卮,故人心猶是也。自当以道術度量,食充虚,衣禦寒,則足以養七尺之形矣。若無道術度量而以自倹約,則万乗之勢不足以為尊,天下之富不足以為楽矣。孫叔敖三去令尹而無憂色,爵禄不能累也;荊佽非両蛟夾繞其船而志不動,怪物不能驚也。聖人心平志易,精神内守,物莫足以惑之。夫酔者,俛入城門,以為七尺之閨也;超江、淮,以為尋常之溝也;酒濁其神也。怯者,夜見立表,以為鬼也;見寝石,以為虎也;懼揜其気也。又況無天地之怪物乎!
書き下し
故に道に達するの人は、苟くも得ず、福を讓らず。其の有を弗棄てず、其の有に非ざるを索めず。常に滿ちて溢れず、恆に虛しくして足り易し。今夫れ霤水は以て壺榼を溢すに足るも、江・河も漏卮を實たす能わず。故に人心も猶お是くのごときなり。自ら當に道術度量を以てすべし。食は虛を充たし、衣は寒を禦げば、則ち以て七尺の形を養うに足る。若し道術度量無くして以て自ら儉約せば、則ち萬乘の勢も以て尊しと爲すに足らず、天下の富も以て樂しと爲すに足らざらん。孫叔敖 三たび令尹を去るも憂色無きは、爵祿 累わす能わざればなり。荊の佽非 兩蛟 其の船を夾み繞るも志 動かざるは、怪物 驚かす能わざればなり。聖人は心 平らかに志 易く、精神 內に守りて、物 以て之を惑わすに足る莫し。夫れ醉える者は、俛して城門に入るに、以て七尺の閨と爲す。江・淮を超ゆるに、以て尋常の溝と爲す。酒 其の神を濁せばなり。怯なる者は、夜 立表を見て、以て鬼と爲す。寢石を見て、以て虎と爲す。懼れ 其の氣を揜えばなり。又た況んや天地の怪物無きをや。
現代語訳
道に達した人は、いい加減には受け取らず、福を無理に譲りもしない。自分のものを捨てず、自分のものでないものを求めない。常に満ちていながら溢れず、いつも虚しくいながら足りやすい。雨だれの水でも壺を溢れさせるには足りるが、長江や黄河でも底の抜けた杯は満たせない。人の心もこれと同じである。自分で道術と度量によるべきである。食は空腹を満たし、衣は寒さを防げば、七尺の体を養うに足りる。もし道術も度量もないまま自分に倹約を強いれば、万乗の勢いでも尊いとするに足りず、天下の富でも楽しいとするに足りなくなる。孫叔敖が三度令尹の位を去っても憂え顔がなかったのは、爵禄が煩わせられなかったからである。楚の佽非が二匹の蛟に船を挟まれても志が動かなかったのは、怪物が驚かせられなかったからである。聖人は心が平らかで志が穏やかで、精神を内に守るので、物が惑わせられない。酔った者は、身をかがめて城門をくぐるとき、それを狭い戸口だと思う。長江や淮水を渡るとき、ありふれた溝だと思う。酒が心を濁らせているからである。臆病な者は、夜に立っている標識を見て鬼だと思い、横たわる石を見て虎だと思う。恐れが気を覆っているからである。まして天地に怪物などいないのだから。
解説
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