長短経 / 傲礼
張釋之在廷中、三公九卿盡㑹立、王生老人曰、“吾襪觧顧謂張廷尉為我結襪。人或謂王生曰、“獨奈何廷辱張廷尉?”王生曰、“吾老且賤、自度終無益於張廷尉。張廷尉、方今天下名臣。吾故聊廷使跪結襪、欲以重之。”諸公聞之、賢王生而重廷尉。〔汲黯常與大将軍抗禮、或謂黯曰、“自天子嘗欲羣臣下大将軍、君不可以不拜。”黯曰、“夫以大將軍有揖客、反不重耶?”大将軍聞之、愈賢黯也。〕由是觀之、以傲為禮、可以重人矣。
新字:張釈之在廷中、三公九卿尽会立、王生老人曰、“吾襪觧顧謂張廷尉為我結襪。人或謂王生曰、“独奈何廷辱張廷尉?”王生曰、“吾老且賤、自度終無益於張廷尉。張廷尉、方今天下名臣。吾故聊廷使跪結襪、欲以重之。”諸公聞之、賢王生而重廷尉。〔汲黯常与大将軍抗礼、或謂黯曰、“自天子嘗欲羣臣下大将軍、君不可以不拝。”黯曰、“夫以大将軍有揖客、反不重耶?”大将軍聞之、愈賢黯也。〕由是観之、以傲為礼、可以重人矣。
書き下し
張釈之、廷中に在り。三公九卿尽く会して立つ。王生なる老人曰く「吾が襪解けたり」と。顧みて張廷尉に謂いて「我が為に襪を結べ」と。人或いは王生に謂いて曰く「独り奈何ぞ張廷尉を廷に辱むる」と。王生曰く「吾は老いて且つ賤し。自ら度るに終に張廷尉に益無し。張廷尉は方今天下の名臣なり。吾故に聊か廷して跪きて襪を結ばしめ、以て之を重んぜんと欲す」と。諸公之を聞き、王生を賢として廷尉を重んず。〔汲黯は常に大将軍と抗礼す。或るひと黯に謂いて曰く「天子嘗て群臣をして大将軍に下らしめんと欲してより、君は以て拝せざるべからず」と。黯曰く「夫れ大将軍を以て揖客有らば、反りて重からずや」と。大将軍之を聞き、愈々黯を賢とするなり。〕是に由りて之を観れば、傲を以て礼と為すは、以て人を重んずべし。
現代語訳
張釈之が朝廷にいて、三公九卿が皆そろって立っていた。王生という老人が「私の靴下のひもがほどけた」と言い、張廷尉を振り返って「結んでくれ」と言った。ある人が王生に「どうして朝廷で張廷尉を辱めるのか」と言うと、王生は言った。「私は年寄りで身分も低い。自分では結局張廷尉の役に立てない。張廷尉は今の天下の名臣だ。だからわざと朝廷でひざまずいて靴下のひもを結ばせ、それで彼を重んじさせようとしたのだ」。諸公はこれを聞いて、王生を賢いと思い、廷尉をいっそう重んじた。〔汲黯はいつも大将軍衛青と対等の礼で接した。ある人が汲黯に「天子は群臣を大将軍にへりくだらせたいと思っておられるのだから、あなたも拝礼すべきだ」と言うと、汲黯は「大将軍に、頭を下げずに会釈だけする客がいるほうが、かえって大将軍が重くなるではないか」と言った。大将軍はこれを聞いて、ますます汲黯を賢いと思った。〕これで見れば、傲慢を礼とすることで、人を重んじさせることができる。
解説
この章句が説くこと
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