長短経 / 善亡
〔議曰、此善少不足以成名也。惡亦如之。何以明其然耶?《書》曰、「商罪貫盈。天命誅之。余弗順天、厥罪惟鈞由是觀之、夫罪未盈、假令中有罪惡、未滅也。今人見惡即未滅、以為惡不足懼、是以亡㓕者繼踵于世。故曰、「惡不積、不足以滅身。」此聖人之誡。〕由是觀之、故知善也者、在積而已。今人見徐偃亡國、謂仁義不足仗也、見承桑失統、謂文德不足恃也。〔承桑氏之君、循德廢武、以滅其國也。〕是猶杯水救火、一飯問肥之說、惑亦甚矣。
新字:〔議曰、此善少不足以成名也。悪亦如之。何以明其然耶?《書》曰、「商罪貫盈。天命誅之。余弗順天、厥罪惟鈞由是観之、夫罪未盈、仮令中有罪悪、未滅也。今人見悪即未滅、以為悪不足懼、是以亡㓕者継踵于世。故曰、「悪不積、不足以滅身。」此聖人之誡。〕由是観之、故知善也者、在積而已。今人見徐偃亡国、謂仁義不足仗也、見承桑失統、謂文徳不足恃也。〔承桑氏之君、循徳廃武、以滅其国也。〕是猶杯水救火、一飯問肥之説、惑亦甚矣。
書き下し
〔議に曰く、此れ善少なければ以て名を成すに足らざるなり。悪も亦た之の如し。何を以て其の然るを明らかにせん。書に曰く「商の罪は貫盈す。天命じて之を誅す。余天に順わずんば、厥の罪惟れ鈞し」と。是に由りて之を観れば、夫れ罪未だ盈たざれば、仮令中に罪悪有るも、未だ滅びざるなり。今、人は悪の即ち未だ滅びざるを見て、以為えらく悪は懼るるに足らずと。是を以て亡滅する者踵を世に継ぐ。故に曰く「悪積まざれば、以て身を滅ぼすに足らず」と。此れ聖人の誡めなり。〕是に由りて之を観れば、故に知る、善なる者は、積むに在るのみ。今、人は徐の偃王の国を亡ぼすを見て、仁義は仗るに足らずと謂い、承桑の統を失うを見て、文徳は恃むに足らずと謂う〔承桑氏の君は、徳に循い武を廃して、以て其の国を滅ぼすなり〕。是れ猶お杯水もて火を救い、一飯して肥を問うの説のごとし。惑えることも亦た甚だし。
現代語訳
〔論じて言う。これは善が少なければ名を成すには足りないということである。悪もまた同じである。何によってそれを明らかにするか。『書経』に「殷の罪は糸に貫いたように満ちている。天が命じて誅させる。私が天に従わなければ、私の罪も同じになる」とある。これで見れば、罪がまだ満ちていなければ、たとえ中に罪悪があってもまだ滅びない。いまの人は悪を行ってもすぐには滅びないのを見て、悪は恐れるに足りないと思う。だから滅びる者が世に後を絶たない。だから「悪を積まなければ身を滅ぼすには足りない」と言う。これは聖人の戒めである。〕これで見れば、善とは積むことにかかっているだけだとわかる。いまの人は、徐の偃王が仁義を行って国を滅ぼしたのを見て仁義は頼りにならないと言い、承桑氏が統治を失ったのを見て文徳は頼りにならないと言う〔承桑氏の君は徳に従って武を廃し、国を滅ぼした〕。これは、一杯の水で火を消そうとし、一度の食事で太ったかと聞くような説と同じで、ひどい惑いである。
解説

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