長短経 / 三国権
〔王昶等敗、朝議欲貶黜諸將。景王曰、「我不聼公休以至此我過、諸將何罪?」時雍州刺吏陳泰討胡又敗、景王又謝朝士曰、「此我過也、非𤣥伯之責。」於是魏人悦睦、思報之也。〕
新字:〔王昶等敗、朝議欲貶黜諸将。景王曰、「我不聴公休以至此我過、諸将何罪?」時雍州刺吏陳泰討胡又敗、景王又謝朝士曰、「此我過也、非玄伯之責。」於是魏人悦睦、思報之也。〕
書き下し
〔王昶等敗る。朝議、諸将を貶黜せんと欲す。景王曰く「我、公休に聴かずして此に至る。我が過ちなり。諸将何の罪かあらん」と。時に雍州刺史陳泰、胡を討ちて又た敗る。景王又た朝士に謝して曰く「此れ我が過ちなり。玄伯の責に非ず」と。是に於て魏人悦睦し、之に報いんことを思うなり。〕
現代語訳
〔王昶らが敗れると、朝廷は諸将の官位を下げ退けようと議論した。景王司馬師は言った。「私が公休(諸葛誕)の意見を聞かなかったからこうなったのだ。私の過ちである。諸将に何の罪があろうか」。そのころ雍州刺史陳泰が胡族を討ってまた敗れた。司馬師はまた朝廷の士に詫びて言った。「これは私の過ちだ。玄伯(陳泰)の責任ではない」。そこで魏の人々は喜び和合し、司馬師に報いようと思った。〕
解説
東関の大敗の後、朝廷は将軍たちを処分しようとしました。司馬師は、正しい意見を聞かなかった自分の過ちだと言って、将たちをかばいます。続けて起きた別の敗戦でも、同じように自分が責任を負った。敗戦の責任を部下に押しつければ、部下は次から挑戦しなくなります。上に立つ者が過ちを引き受けたことで、人々はかえってこの人に報いたいと思った。負けたときの振る舞いが、次の忠誠を作るのです。
この章句が説くこと
三国権司馬師責任敗戦求心力陳泰
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