長短経 / 七雄略
梁南與楚、不與齊、齊攻其東、東與齊、不與趙、趙攻其北、不合於韓、則韓攻其西、不親於楚、則楚攻其南。此所謂四分五裂之道也。且諸侯之為縱者、將以安社稷、尊主强兵顯名也。今為縱者、一天下、約為昆弟、刑白馬以盟洹水之上、以相堅也。而親昆弟、同父母、尚有爭錢財。而欲恃詐偽反覆蘓秦之謀、其不可成亦以明矣。
新字:梁南与楚、不与斉、斉攻其東、東与斉、不与趙、趙攻其北、不合於韓、則韓攻其西、不親於楚、則楚攻其南。此所謂四分五裂之道也。且諸侯之為縦者、将以安社稷、尊主強兵顕名也。今為縦者、一天下、約為昆弟、刑白馬以盟洹水之上、以相堅也。而親昆弟、同父母、尚有争銭財。而欲恃詐偽反覆蘓秦之謀、其不可成亦以明矣。
書き下し
梁、南のかた楚と与にして、斉と与にせずんば、斉、其の東を攻めん。東のかた斉と与にして、趙と与にせずんば、趙、其の北を攻めん。韓に合せずんば、則ち韓、其の西を攻めん。楚に親しまずんば、則ち楚、其の南を攻めん。此れ所謂四分五裂の道なり。且つ諸侯の縦を為す者は、将に以て社稷を安んじ、主を尊び兵を強くし名を顕さんとするなり。今、縦を為す者は、天下を一にし、約して昆弟と為り、白馬を刑して以て洹水の上に盟い、以て相い堅くす。而して親昆弟、父母を同じくするすら、尚お銭財を争う有り。而るに詐偽反覆の蘇秦の謀を恃まんと欲す。其の成る可からざるも亦た以て明らかなり。
現代語訳
大梁が南で楚と組んで斉と組まなければ、斉が東を攻める。東で斉と組んで趙と組まなければ、趙が北を攻める。韓と合わなければ韓が西を攻める。楚と親しまなければ楚が南を攻める。これがいわゆる四分五裂の道である。しかも諸侯が縦の連合を作るのは、国家を安んじ、主君を尊び兵を強くし名を挙げるためである。いま連合を作る者は、天下を一つにし、兄弟となる約束をし、白馬を犠牲にして洹水のほとりで盟い、結束を固めた。しかし実の兄弟で父母を同じくする者でさえ、金銭を争うことがある。それなのに偽りが多く裏返りやすい蘇秦の謀を頼もうとしている。成らないことは明らかである。
解説
四方の国と組むか組まないかで、それぞれ別の方向から攻められる。魏の位置を、逃げ場のない構造として描きます。そして同盟批判の決め手が、実の兄弟でさえ金銭を争うという一言でした。制度や誓いではなく、人の性質から連合の脆さを突く。誓約の形式が立派であるほど、この指摘は効きます。誓いの形式が立派なほど、中身の薄さが目立つことがあります。
この章句が説くこと
七雄略張儀魏四分五裂同盟兄弟
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