長短経 / 理乱
夫明察“六主”、以觀君徳。審惟“九風”、以定國常。探其“四亂”、覈其“四危”、則理亂可知矣。何謂“六主”?荀恱曰、“體故性仁、心明志同、動以為人、不以為己、是謂‘王主’〔議曰、王主者、謂天姿仁徳。、〕
新字:夫明察“六主”、以観君徳。審惟“九風”、以定国常。探其“四乱”、覈其“四危”、則理乱可知矣。何謂“六主”?荀恱曰、“体故性仁、心明志同、動以為人、不以為己、是謂‘王主’〔議曰、王主者、謂天姿仁徳。、〕
書き下し
夫れ六主を明察して、以て君徳を観る。九風を審惟して、以て国常を定む。其の四乱を探り、其の四危を覈すれば、則ち理乱知る可し。何をか六主と謂う。荀悦曰く「体は故に性は仁、心は明らかに志は同じく、動くに人の為にするを以てし、己が為にするを以てせず。是れを王主と謂う。〔議に曰く、王主とは、天姿の仁徳を謂う。〕
現代語訳
六種の君主を明察して君主の徳を見る。九つの風を見きわめて国の常態を定める。四つの乱を探り、四つの危うさを調べれば、治まっているか乱れているかが分かる。何を六主というか。荀悦はこう言った。「体はもともと性が仁であり、心は明らかで志は一つで、動くのは人のためであって自分のためではない。これを王主という。〔議していう。王主とは、生まれつきの仁の徳を持つ者をいう。〕
解説
理乱篇の設計が示されます。六主で君主を、九風で国の状態を、四乱と四危で危険信号を見る。診断の枠組みが最初に提示される、実務的な構成です。最上位の王主は、生まれつきの仁を持つ者とされます。努力ではなく天性。だから次の治主以下が、努力による到達点として意味を持ってきます。そして六主は上から王主・治主・存主・衰主・危主・亡主と並びます。診断とは、良し悪しを言うことではなく、いまどの段にいるかを特定することです。
この章句が説くこと
理乱六主九風四乱四危荀悦王主
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