長短経 / 論士
黄石公曰、“羅其英雄、則敵國窮。夫英雄者、國家之幹、士民者、國家之半。得其幹、收其半、則政行而無怨。”知人則哲、唯帝難之。慎哉!
新字:黄石公曰、“羅其英雄、則敵国窮。夫英雄者、国家之幹、士民者、国家之半。得其幹、収其半、則政行而無怨。”知人則哲、唯帝難之。慎哉!
書き下し
黄石公曰く「其の英雄を羅すれば、則ち敵国窮す。夫れ英雄なる者は国家の幹なり、士民なる者は国家の半なり。其の幹を得て、其の半ばを収むれば、則ち政行われて怨み無し」と。人を知るは則ち哲、唯だ帝も之を難しとす。慎まんかな。
現代語訳
黄石公はこう言った。「英雄を網にかけて集めれば、敵国は行き詰まる。英雄は国家の幹であり、士と民は国家の半分である。その幹を得て、その半分を収めれば、政治は行われて怨みがない」。人を知ることは明哲であるが、帝堯でさえこれを難しいとした。慎むべきである。
解説
論士篇の結びです。英雄を集めることは、自国を強くするだけでなく、敵国から人を抜くことでもある。人材の獲得は常にゼロサムだという冷静な認識が示されます。そして最後は論語の一句、人を知るは則ち哲、堯でさえこれを難しとした、で締めくくられる。ここまで長々と人材論を展開しておいて、最後に難しいと認めて終わる。この慎重さが長短経の品格です。
この章句が説くこと
人材登用英雄黄石公敵国知人堯
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