長短経 / 任長
由此觀之、使韓信下幃、仲舒當戎、于公馳說、陸賈聴訟、必無曩時之勲、而顯今日之名也。故任長之道、不可不察。
新字:由此観之、使韓信下幃、仲舒当戎、于公馳説、陸賈聴訟、必無曩時之勲、而顕今日之名也。故任長之道、不可不察。
書き下し
此に由りて之を観れば、韓信をして幃を下ろさしめ、仲舒をして戎に当たらしめ、于公をして馳説せしめ、陸賈をして訟を聴かしめば、必ず曩時の勲無くして、今日の名を顕さざるなり。故に長に任ずるの道、察せざる可からず。
現代語訳
ここから見れば、韓信に学者のように幕を下ろして講義させ、董仲舒に戦場に立たせ、于公に遊説に走り回らせ、陸賈に裁判を聴かせたなら、かつての功績もなく、今日の名も現れなかっただろう。だから長所に任せるという道は、よく見きわめなければならない。
解説
四人の名を入れ替えるだけで、歴史から四つの功績が消えるという思考実験です。韓信も董仲舒も、能力が落ちたわけではなく、置き場所が変わっただけで無名に終わります。人事の失敗がなぜ見えにくいかというと、置き場所を間違えられた人は、ただ平凡な人として扱われて終わるからです。本人にも周りにも、失われた功績は見えません。長に任ずるの道を察せよ、という結びは、その見えない損失に目を向けよという注意です。
この章句が説くこと
適材適所長所人材登用韓信董仲舒陸賈
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