武士道 / 第十三章 刀・武士の魂・漫に剣を携えず
齢既に十五歳、成人の域に達するや、自由の行動を許さるゝを以て、今や腰間鐵斷つべきの秋水に誇ると共に、身に兇器を帶ぶるが故に、乃ち責任の觀念、自重の態度帶に挾めるは、心に佩びを生ず。彼は『漫に劍を携へず』。たる忠義、名譽の象徵なり。身邊甞て大刀小刀、(刀、脇差)の二劍を放たず。室に在りては、書齋、床間を飾り、夜は主人の枕頭を護る。常住不斷の伴侶なるが故に、即ち之を愛翫し、呼ぶに寵稱を以てす。之を尊敬するよりして、殆ど之を崇拜す。史學の祖ヘロドタスはシシアン民族の鐵製偃月刀に犧牲を捧ぐるを一奇聞なりとして記述すと雖、日本にては、神社又た家庭の、刀劍を崇めて禮拜すべき神體となせるもの少からず。凡作の短刀も亦た之を蔑にせず。
新字:齢既に十五歳、成人の域に達するや、自由の行動を許さるゝを以て、今や腰間鉄断つべきの秋水に誇ると共に、身に兇器を帯ぶるが故に、乃ち責任の観念、自重の態度帯に挟めるは、心に佩びを生ず。彼は『漫に剣を携へず』。たる忠義、名誉の象徴なり。身辺甞て大刀小刀、(刀、脇差)の二剣を放たず。室に在りては、書斎、床間を飾り、夜は主人の枕頭を護る。常住不断の伴侶なるが故に、即ち之を愛翫し、呼ぶに寵称を以てす。之を尊敬するよりして、殆ど之を崇拝す。史学の祖ヘロドタスはシシアン民族の鉄製偃月刀に犠牲を捧ぐるを一奇聞なりとして記述すと雖、日本にては、神社又た家庭の、刀剣を崇めて礼拝すべき神体となせるもの少からず。凡作の短刀も亦た之を蔑にせず。
書き下し
齢既に十五歳、成人の域に達するや、自由の行動を許さるるを以て、今や腰間、鉄断つべきの秋水に誇ると共に、身に兇器を帯ぶるが故に、乃ち責任の観念、自重の態度、心に生ず。彼は『漫に剣を携へず』。刀は忠義、名誉の象徴なり。身辺かつて大刀小刀の二剣を放たず。室に在りては書斎、床間を飾り、夜は主人の枕頭を護る。常住不断の伴侶なるが故に、即ち之を愛翫し、呼ぶに寵称を以てす。之を尊敬するよりして、殆ど之を崇拝す。史学の祖ヘロドトスはスキタイ民族の鉄製偃月刀に犠牲を捧ぐるを一奇聞なりとして記述すと雖、日本にては、神社又た家庭の、刀剣を崇めて礼拝すべき神体となせるもの少からず。凡作の短刀も亦た之を蔑にせず。
現代語訳
年齢が十五歳、成人の域に達すると、自由な行動を許されるので、今や腰に鉄をも断つ刀を帯びることを誇るとともに、身に凶器を帯びているがゆえに、責任の観念と自重の態度が心に生まれます。彼はみだりに剣を携えません。刀は忠義と名誉の象徴です。身辺から大小二本の刀を離すことがありません。部屋にいるときは書斎や床の間を飾り、夜は主人の枕元を守ります。常に離れない伴侶であるため、これを愛でて、呼ぶのに愛称を用います。これを尊敬するあまり、ほとんど崇拝します。歴史学の祖ヘロドトスは、スキタイ民族が鉄の偃月刀に犠牲を捧げるのを珍しい話として記していますが、日本では神社や家庭で刀剣を崇めて礼拝すべき神体としたものが少なくありません。ありふれた作りの短刀もまた粗末には扱いません。
解説
この章句が説くこと
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