武士道 / 譯序・訳者と博士の因縁
譯序譯者の新渡戶博士著『武士道』に於ける、因緣頗る淺きに非らず。博士の初め此書を脫稿する、予は實に米國費府郊外マルヴアーン村の博士の假寓に泊して、其大旨を聞、けり。後此書の我國に飜刻せらるゝに及んで、予は恰も博士の助力を得て英學新報を創刊するあり、由つて之に載するに博士の示教說明に基きたる詳註を以てせり。而して予の此書を男女學生に講じたること亦た數回なりき。其後博士の此書を增補して第十版を我國に公にするや、子は實に其發行者となれり。英文武士道は相前後して獨乙、瑞典、那威、波蘭、露西亞、ボヘミヤ、伊太利の諸國語及び印度マラチ方言等に飜譯せられて、海外士女は此書を以て、我國武士道の精髓を窺ふべき唯一の典據とす。
新字:訳序訳者の新渡戸博士著『武士道』に於ける、因縁頗る浅きに非らず。博士の初め此書を脫稿する、予は実に米国費府郊外マルヴアーン村の博士の仮寓に泊して、其大旨を聞、けり。後此書の我国に翻刻せらるゝに及んで、予は恰も博士の助力を得て英学新報を創刊するあり、由つて之に載するに博士の示教説明に基きたる詳註を以てせり。而して予の此書を男女学生に講じたること亦た数回なりき。其後博士の此書を增補して第十版を我国に公にするや、子は実に其発行者となれり。英文武士道は相前後して独乙、瑞典、那威、波蘭、露西亜、ボヘミヤ、伊太利の諸国語及び印度マラチ方言等に翻訳せられて、海外士女は此書を以て、我国武士道の精髄を窺ふべき唯一の典拠とす。
書き下し
訳者の、新渡戸博士著『武士道』に於ける、因縁すこぶる浅きに非らず。博士の初め此書を脱稿する、予は実に米国費府郊外マルヴァーン村の博士の仮寓に泊して、其大旨を聞けり。後、此書の我国に翻刻せらるるに及んで、予はあたかも博士の助力を得て英学新報を創刊するあり、由つて之に載するに、博士の示教説明に基きたる詳註を以てせり。而して予の此書を男女学生に講じたること、亦た数回なりき。其後、博士の此書を増補して第十版を我国に公にするや、予は実に其発行者となれり。英文武士道は相前後して、独乙、瑞典、那威、波蘭、露西亜、ボヘミヤ、伊太利の諸国語及び印度マラチ方言等に翻訳せられて、海外の士女は此書を以て、我国武士道の精髄を窺ふべき唯一の典拠とす。
現代語訳
訳者と新渡戸博士の著書『武士道』との縁は、かなり浅いものではありません。博士がこの本を書き上げたとき、私は実際にアメリカのフィラデルフィア郊外マルヴァーン村の博士の仮の住まいに泊まって、その大筋を聞きました。後にこの本がわが国で刊行されるにあたっては、私はちょうど博士の助力を得て英学新報を創刊したので、そこに博士の教示と説明に基づく詳しい注を載せました。またこの本を男女の学生に講じたことも数回あります。その後、博士がこの本を増補して第十版をわが国で出したときには、私が発行者となりました。英文の武士道は前後して、ドイツ、スウェーデン、ノルウェー、ポーランド、ロシア、ボヘミア、イタリアの各国語およびインドのマラーティー語などに翻訳され、海外の人々はこの本を、わが国の武士道の精髄を知りうる唯一の典拠としています。
解説
この章句が説くこと
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