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墨子 / 節葬下

欲以干上帝鬼神之福,意者可邪?其説又不可矣。今惟無以厚葬久喪者為政,國家必貧,人民必寡,刑政必亂。若茍貧,是粢盛酒醴不浄潔也;若茍寡,是事上帝鬼神者寡也;若茍亂,是祭祀不時度也。今又禁止事上帝鬼神,為政若此,上帝鬼神始得從上撫之曰:「我有是人也,與無是人也,孰愈?」曰:「我有是人也,與無是人也,無擇也。」則惟上帝鬼神降之罪厲之禍罰而棄之,則豈不亦乃其所哉!

新字:欲以干上帝鬼神之福,意者可邪?其説又不可矣。今惟無以厚葬久喪者為政,国家必貧,人民必寡,刑政必乱。若茍貧,是粢盛酒醴不浄潔也;若茍寡,是事上帝鬼神者寡也;若茍乱,是祭祀不時度也。今又禁止事上帝鬼神,為政若此,上帝鬼神始得従上撫之曰:「我有是人也,与無是人也,孰愈?」曰:「我有是人也,与無是人也,無択也。」則惟上帝鬼神降之罪厲之禍罰而棄之,則豈不亦乃其所哉!

書き下し

以て上帝鬼神の福を干めんと欲するは、意う者、可なるか。其の説、又た不可なり。今、惟だ厚葬久喪を以て政を為す無し。國家、必ず貧しく、人民、必ず寡なく、刑政、必ず亂る。若し茍くも貧しければ、是れ粢盛酒醴、浄潔ならざるなり。若し茍くも寡なければ、是れ上帝鬼神に事うる者、寡なきなり。若し茍くも亂るれば、是れ祭祀、時度ならざるなり。今又た上帝鬼神に事うるを禁止す。政を為すこと此くの若くんば、上帝鬼神、始めて上從り之を撫して曰くを得ん、「我れ是の人有るなると、是の人無きなると、孰れか愈れる」と。曰く、「我れ是の人有るなると、是の人無きなると、擇ぶ無きなり」と。則ち惟だ上帝鬼神、之に罪厲の禍罰を降して之を棄てんのみ。則ち豈に亦た乃ち其の所ならずや。

現代語訳

これで上帝や鬼神の福を求めようとするのは、可能だろうか。その説もまた不可能である。いま手厚い葬儀と長い喪で政治を行えば、国家は必ず貧しく、人民は必ず少なく、刑政は必ず乱れる。もし貧しければ供物も酒も清らかでない。もし少なければ上帝や鬼神に仕える者が少ない。もし乱れていれば祭祀が時に合わない。そのうえ上帝や鬼神に仕えることを禁じる。こんな政治をすれば、上帝や鬼神は上から見下ろしてこう言うだろう。「私にこの人がいるのと、いないのと、どちらがましか」。そして言うだろう。「この人がいるのと、いないのと、選ぶ違いは無い」。ならば上帝や鬼神は災いと罰を降してこれを見捨てるだけである。それは当然の帰結ではないか。

解説

三利の判定に続けて、四つ目の観点として鬼神の福が検討されます。ここで置かれる問いが痛烈です——「この人がいるのと、いないのと、どちらがましか」。存在価値を、いてもいなくても変わらないという形で否定する。組織における役職や部署についても、同じ問いを立てられます。あってもなくても変わらないなら、それはあることの理由にならない。

この章句が説くこと

存在価値判定いてもいなくても問い効果

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