墨子 / 節葬下
欲以禁止大國之攻小國也,意者可邪?其説又不可矣。是故昔者聖王既沒,天下失義,諸侯力征,南有楚越之王,而北有齊晉之君,此皆砥礪其卒伍,以攻伐幷兼為政於天下。是故凡大國之所以不攻小國者,積委多,城郭脩,上下調和,是故大國不嗜攻之,無積委,城郭不脩,上下不調和,是故大國者攻之。今惟毋以厚葬久喪者為政,國家必貧,人民必寡,刑政必亂。若茍貧,是無以為積委也;若茍寡,是城郭溝渠者寡也;若茍亂,是出戰不克,入守不固。此求禁止大國之攻小國也,而既已不可矣。
新字:欲以禁止大国之攻小国也,意者可邪?其説又不可矣。是故昔者聖王既没,天下失義,諸侯力征,南有楚越之王,而北有斉晉之君,此皆砥礪其卒伍,以攻伐幷兼為政於天下。是故凡大国之所以不攻小国者,積委多,城郭脩,上下調和,是故大国不嗜攻之,無積委,城郭不脩,上下不調和,是故大国者攻之。今惟毋以厚葬久喪者為政,国家必貧,人民必寡,刑政必乱。若茍貧,是無以為積委也;若茍寡,是城郭溝渠者寡也;若茍乱,是出戦不克,入守不固。此求禁止大国之攻小国也,而既已不可矣。
書き下し
以て大國の小國を攻むるを禁止せんと欲するは、意う者、可なるか。其の説、又た不可なり。是の故に昔者、聖王、既に沒して、天下、義を失い、諸侯、力めて征す。南に楚越の王有り、而して北に齊晉の君有り。此れ皆な其の卒伍を砥礪して、攻伐幷兼を以て天下に政を為す。是の故に凡そ大國の小國を攻めざる所以の者は、積委、多く、城郭、脩まり、上下、調和すればなり。是の故に大國、之を攻むるを嗜まず。積委無く、城郭、脩まらず、上下、調和せざれば、是の故に大國なる者、之を攻む。今、惟だ厚葬久喪を以て政を為す毋し。國家、必ず貧しく、人民、必ず寡なく、刑政、必ず亂る。若し茍くも貧しければ、是れ以て積委を為す無きなり。若し茍くも寡なければ、是れ城郭溝渠なる者、寡なきなり。若し茍くも亂るれば、是れ出でて戰いて克たず、入りて守りて固からず。此れ大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。
現代語訳
これで大国が小国を攻めるのを止めようとするのは、可能だろうか。その説もまた不可能である。むかし聖王が亡くなってから天下は義を失い、諸侯は力で征伐するようになった。南に楚と越の王があり、北に斉と晋の君がある。いずれも兵を鍛え、攻め伐ち併呑することで天下に政治を行っている。そもそも大国が小国を攻めない理由は、蓄えが多く、城壁が整い、上下が和しているからである。だから大国はそれを攻めたがらない。蓄えが無く、城壁が整わず、上下が和していなければ、大国はそれを攻める。いま手厚い葬儀と長い喪で政治を行えば、国家は必ず貧しく、人民は必ず少なく、刑政は必ず乱れる。もし貧しければ蓄えを作れない。もし少なければ城壁も堀も作れない。もし乱れていれば、出て戦っても勝てず、退いて守っても固くない。だから大国が小国を攻めるのを止めようとしても、それは不可能である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』非攻下今、若し能く信に効して先ず天下の諸侯を利する者有らば、大國の不義なるは、則ち同じく之を憂え、大國の小國を攻むるは、則ち同じく之を救い、小國の城郭の全からざるは、必ず之を修めしめ、布粟の絶ゆれば則ち之を委ね、幣帛の足らざれば則ち之を共にす。此を以て大國に効さば、則ち小國の君、説ばん。人、勞して我れ逸すれば、則ち我が甲兵、强し。寛にして以て惠み、緩にして急に易うれば、民、必ず移らん。攻伐を易えて以て我が國を治むれば、攻、必ず倍せん。我が師を舉ぐるの費を量りて、以て諸侯の斃るるを諍わば、則ち必ず得て序利す可し。督するに義を止むるを以てすれば其の名あり、必ず吾が衆を寛にし、吾が師を信にするを務む。此を以て諸侯の師に授くれば、則ち天下に敵無し。其の下と為ること勝げて數う可からざるなり。天下の利を以てして、王公大人、知りて用いざれば、則ち此れ天下を利するの巨務を知らずと謂う可し。
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『墨子』節葬下是の故に子墨子曰く、郷に吾が本と言えらく、意うに亦た其の言をして、其の謀を用いて、厚葬久喪を計るに、誠に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からんか。則ち仁なり、義なり、孝子の事なり。人の為に謀る者は、勸めざる可からざるなり。意うに亦た其の言に法り、其の謀を用いて、人の若きの厚葬久喪、實に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からざらんか。則ち仁に非ざるなり、義に非ざるなり、孝子の事に非ざるなり。人の為に謀る者は、沮まざる可からざるなり。是の故に以て國家を富まさんことを求むるも、甚だ貧を得たり。以て人民を衆くせんと欲するも、甚だ寡を得たり。以て刑政を治めんと欲するも、甚だ亂を得たり。以て大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。以て上帝鬼神の福を千めんと欲するも、又た禍を得たり。上、之を堯舜禹湯文武の道に稽うるに、政、之に逆らう。下、之を桀紂幽厲の事に稽うるに、猶お節を合わするがごとし。若し此を以て觀れば、則ち厚葬久喪は、其れ聖王の道に非ざるなり。
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『墨子』非攻下今、王公大人・天下の諸侯は則ち然らず。將に必ず皆な其の爪牙の士を差論し、皆な其の舟車の卒伍を列ね、此に於て堅甲利兵を為りて、以て往きて罪無きの國を攻伐す。其の國家の邊境に入り、其の禾稼を芟刈し、其の樹木を斬り、其の城郭を墜して以て其の溝池を湮め、其の牲牷を攘殺し、其の祖廟を燔潰し、其の萬民を勁殺し、其の老弱を覆し、其の重器を遷す。卒、進みて柱いて鬭い、曰く、「死して命ずるを上と為し、多く殺すを之に次ぎ、身傷つく者を下と為す。又た况んや先に列して北ぎ撓むをや。罪は死して殺す無く、以て其の衆を譂ましむ」と。夫れ國を兼ね軍を覆し、萬民を賊虐して、以て聖人の緒を亂す無し。
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『墨子』非攻中國家、政を發して、民の用を奪い、民の利を廢すること、此くの若きこと甚だ衆し。然り而して何為れぞ之を為すや。曰く、「我れ伐ち勝つの名、及び之を得るの利を貪る、故に之を為す」と。子墨子言いて曰く、「其の自ら勝つ所を訃るに、用う可き所無きなり。其の得る所を計るに、反りて喪う所の多きに如かず。今、三里の城、七里の郭を攻むるに、此を攻むるに鋭を用いず、且つ殺すこと無くして徒だ此を得ること然らんや。人を殺すこと多ければ必ず萬を數え、寡なくとも必ず千を數え、然る後に三里の城、七里の郭、且に得可きなり。今、萬乗の國、虚しきこと千を數え、勝えずして人、廣衍なること萬を數え、勝えずして辟く。然らば則ち土地なる者は、餘り有る所なり。王民なる者は、足らざる所なり。今、盡く王民を死せしめ、下上の患いを嚴しくして、以て虚城を争うは、則ち是れ足らざる所を棄てて、餘り有る所を重んずるなり。政を為すこと此くの若きは、國の務めに非ざる者なり」と。
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『墨子』節葬下以て刑政を治めんと欲するは、意う者、可なるか。其の説、又た不可なり。今、惟だ厚葬久喪を以て政を為す無し。國家、必ず貧しく、人民、必ず寡なく、刑政、必ず亂る。若の法、若の言のごとくし、若の道を行いて、上為る者をして此を行わしめば、則ち聴治する能わず、下為る者をして此を行わしめば、則ち事に從う能わず。上、聴治せざれば、刑政、必ず亂れ、下、事に從わざれば、衣食の財、必ず足らず。若し茍くも足らざれば、人の弟為る者は其の兄に求めて得ず、弟ならざる弟は必ず將に其の兄を怨まんとす。人の子為る者は其の親に求めて得ず、孝ならざる子は必ず且つ其の親を怨まんとす。人の臣為る者は之を君に求めて得ず、忠ならざる臣は必ず且つ其の上を亂さんとす。是を以て僻淫邪行の民、出づれば則ち衣無く、入れば則ち食無く、内に潰えて奚若んぞ並びに淫暴を為して、勝げて禁ず可からず。是の故に盜賊、衆くして治まる者、寡なし。盜賊を衆くして治まるを寡なくして、此を以て治を求むるは、譬うるに猶お人をして衆からしめて已に負わしむる毋きがごときなり。治の説、得可き無し。是の故に以て刑政を治めんことを求むるも、既已に不可なり。
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『墨子』非攻中古者、國を天下に封ず。尚き者は耳の聞く所を以てし、近き者は目の見る所を以てするに、攻戰を以て亡ぶる者、勝げて數う可からず。何を以て其の然るを知るや。東方に莒の國なる者有り、其の國為ること甚だ小にして、大國の間に間まる。大に敬事せず、大國も亦た之に從いて愛利せず。是を以て東なる者は越人、其の壤地を夾み削り、西なる者は齊人、兼ねて之を有てり。莒の齊越の間に亡ぶる所以の者を訃るに、是れ攻戰を以てなり。南なる者の陳・蔡と雖も、其の吳越の間に亡ぶる所以の者も、亦た攻戰を以てなり。北なる者の中山諸國と雖も、其の燕・代・胡・貊の間に亡ぶる所以の者も、亦た攻戰を以てなり」と。是の故に子墨子言いて曰く、「古者、王公大人は、情に得るを欲して失うを惡み、故に安きを欲して危うきを惡む。故に當に攻戰して非とせざる可からず」と。