墨子 / 兼愛上
聖人以治天下為事者也,必知亂之所自起,焉能治之;不知亂之所自起,則不能治。譬之如醫之攻人之疾者然,必知疾之所自起,焉能攻之;不知疾之所自起,則弗能攻。治亂者何獨不然,必知亂之所自起,焉能治之;不知亂之所自起,則弗能治。
新字:聖人以治天下為事者也,必知乱之所自起,焉能治之;不知乱之所自起,則不能治。譬之如医之攻人之疾者然,必知疾之所自起,焉能攻之;不知疾之所自起,則弗能攻。治乱者何独不然,必知乱之所自起,焉能治之;不知乱之所自起,則弗能治。
書き下し
聖人の天下を治むるを以て事と為す者は、必ず亂の自り起こる所を知りて、焉ち能く之を治む。亂の自り起こる所を知らざれば、則ち治むる能わず。之を譬うるに醫の人の疾を攻むる者の如く然り。必ず疾の自り起こる所を知りて、焉ち能く之を攻む。疾の自り起こる所を知らざれば、則ち攻むる能わず。亂を治むる者、何ぞ獨り然らざらんや。必ず亂の自り起こる所を知りて、焉ち能く之を治む。亂の自り起こる所を知らざれば、則ち治むる能わず。
現代語訳
聖人で天下を治めることを仕事とする者は、必ず乱れがどこから起こるかを知り、それではじめて治められる。乱れがどこから起こるかを知らなければ治められない。たとえば医者が人の病を攻めるようなものだ。必ず病がどこから起こるかを知り、それではじめて攻められる。病がどこから起こるかを知らなければ攻められない。乱れを治める者だけが例外であるはずがない。必ず乱れがどこから起こるかを知り、それではじめて治められる。乱れがどこから起こるかを知らなければ治められない。
解説
『墨子』で最も有名な篇、兼愛の書き出しです。いきなり主張を述べず、方法論から入ります。医者は病因を特定してから治療する。統治も同じだ、と。ここで宣言されているのは、対症療法を採らないという姿勢です。同じ内容を三度言い換える執拗さも、この書き出しがどれだけ重視されていたかを示しています。次章で示される病因は、意外なほど単純なものです。
この章句が説くこと
病因診断対症療法方法治す
関連する章句
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『墨子』兼愛上聖人の天下を治むるを以て事と為す者は、亂の自り起こる所を察せざる可からず。當に亂の何自り起こるかを察すべし。相い愛せざるに起こる。臣子の君父に孝ならざる、謂う所の亂なり。子は自ら愛して父を愛せず、故に父を虧きて自ら利す。弟は自ら愛して兄を愛せず、故に兄を虧きて自ら利す。臣は自ら愛して君を愛せず、故に君を虧きて自ら利す。此れ謂う所の亂なり。父の子に慈ならず、兄の弟に慈ならず、君の臣に慈ならざると雖も、此れ亦た天下の謂う所の亂なり。父は自ら愛するなり、子を愛せず、故に子を虧きて自ら利す。兄は自ら愛するなり、弟を愛せず、故に弟を虧きて自ら利す。君は自ら愛するなり、臣を愛せず、故に臣を虧きて自ら利す。是れ何ぞや。皆な相い愛せざるに起こる。
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『墨子』兼愛上故に聖人の天下を治むるを以て事と為す者は、惡くんぞ惡を禁じて愛を勸めざるを得んや。故に天下、兼ねて相い愛すれば則ち治まり、相い惡めば則ち亂る。故に子墨子曰く、人を愛するを勸めざる可からずとは、此れなり。
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『墨子』兼愛上此れ何自り起こるかを察するに、皆な相い愛せざるに起こる。若し天下をして兼ねて相い愛せしめば、人、其の身を愛するが若くんば、惡くにか不孝を施さん。猶お不慈なる者有らんや。子弟と臣とを視ること其の身の若くんば、惡くにか不慈を施さん。不慈不孝は亡ぶ。猶お盜賊有らんや。故に人の室を視ること其の室の若くんば、誰か竊まん。人の身を視ること其の身の若くんば、誰か賊わん。故に盜賊は亡ぶこと有り。猶お大夫の相い家を亂し、諸侯の相い國を攻むる者有らんや。人の家を視ること其の家の若くんば、誰か亂さん。人の國を視ること其の國の若くんば、誰か攻めん。故に大夫の相い家を亂し、諸侯の相い國を攻むる者は亡ぶこと有り。若し天下をして兼ねて相い愛せしめば、國と國と相い攻めず、家と家と相い亂さず、盜賊有ること無く、君臣父子も皆な能く孝慈ならん。此くの若くんば則ち天下治まる。
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『墨子』兼愛下子墨子言いて曰く、仁人の事は、必ず務めて天下の利を興し、天下の害を除かんことを求む。然らば當今の時、天下の害、孰れをか大と為さん。曰く、大國の小國を攻むる、大家の小家を亂す、强の弱を劫かす、衆の寡を暴う、詐の愚を謀る、貴の賤に傲るが若き、此れ天下の害なり。又た人君為る者の惠ならざる、臣為る者の忠ならざる、父為る者の慈ならざる、子為る者の孝ならざると與に、此れ又た天下の害なり。又た今、人の賤人、其の兵刃・毒藥・水火を執りて、以て交ごも相い虧賊すると與に、此れ又た天下の害なり。姑く嘗みに若の衆害の自る所を本原せんに、此れ胡自り生ずるか。此れ人を愛し人を利するより生ずるか。即ち必ず然らずと曰わん。必ず人を惡み人を賊うより生ずと曰わん。天下に名を分かつに、人を惡みて人を賊う者は、兼か、别か。即ち必ず别なり。然らば即ち之の交ごも别する者は、果たして天下の大害を生ずる者か。是の故に别は非なり。
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『墨子』兼愛上天下の盜賊を為す者に至ると雖も亦た然り。盜は其の室を愛して、其の異室を愛せず、故に異室を竊みて以て其の室を利す。賊は其の身を愛して、人を愛せず、故に人を賊いて以て其の身を利す。此れ何ぞや。皆な相い愛せざるに起こる。大夫の相い家を亂し、諸侯の相い國を攻むる者に至ると雖も亦た然り。大夫は各おの家を愛して、異家を愛せず、故に異家を亂して以て家を利す。諸侯は各おの其の國を愛して、異國を愛せず、故に異國を攻めて以て其の國を利す。天下の亂物、此に具わるのみ。
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『墨子』兼愛中子墨子言いて曰く、仁人の事を為す所以の者は、必ず天下の利を興し、天下の害を除去す。此を以て事と為す者なり。然らば則ち天下の利とは何ぞや。天下の害とは何ぞや。子墨子言いて曰く、今、國と國と相い攻め、家と家と相い簒い、人と人と相い賊い、君臣、惠忠ならず、父子、慈孝ならず、兄弟、和調ならざるが若きは、則ち此れ天下の害なり。然らば則ち此の害を崇くするは亦た何に用りて生ずるや。相い愛せざるを以て生ずるか。子墨子言う、相い愛せざるを以て生ず、と。