墨子 / 尚同中
故古者聖人之所以濟事成功,垂名於後世者,無他故異物焉,曰:唯能以尚同為政者也。是以先王之書《周頌》之道曰:「載來見彼王,曰求厥章。」則此語古者國君諸侯之以春秋來朝聘天子之廷,受天子之嚴教。退而治國,政之所加,莫敢不賓。當此之時,本無有敢紛天子之教者。《詩》曰:「我馬維駱,六轡沃若。載馳載驅,周爰咨度。」又曰:「我馬維騏,六轡如絲。載馳載驅,周爰咨謀。」即此語也。古者國君諸侯之聞見善與不善也,皆馳驅以告天子。是以賞當賢,罰當暴,不殺不辜,不失有罪,則此尚同之功也。
新字:故古者聖人之所以済事成功,垂名於後世者,無他故異物焉,曰:唯能以尚同為政者也。是以先王之書《周頌》之道曰:「載来見彼王,曰求厥章。」則此語古者国君諸侯之以春秋来朝聘天子之廷,受天子之厳教。退而治国,政之所加,莫敢不賓。当此之時,本無有敢紛天子之教者。《詩》曰:「我馬維駱,六轡沃若。載馳載駆,周爰咨度。」又曰:「我馬維騏,六轡如糸。載馳載駆,周爰咨謀。」即此語也。古者国君諸侯之聞見善与不善也,皆馳駆以告天子。是以賞当賢,罰当暴,不殺不辜,不失有罪,則此尚同之功也。
書き下し
故に古者、聖人の事を濟し功を成し、名を後世に垂るる所以の者は、他の故異物無し。曰く、唯だ能く尚同を以て政を為す者なり。是を以て先王の書、周頌の道いて曰く、「載ち來りて彼の王に見え、曰く厥の章を求む」と。則ち此れ古者、國君諸侯の春秋を以て天子の廷に來朝聘し、天子の嚴教を受くるを語る。退きて國を治むれば、政の加わる所、敢えて賓せざる莫し。此の時に當たりて、本より敢えて天子の教を紛らわす者有ること無し。詩に曰く、「我が馬は維れ駱、六轡沃たり。載ち馳せ載ち驅け、周く爰に咨り度る」と。又た曰く、「我が馬は維れ騏、六轡絲の如し。載ち馳せ載ち驅け、周く爰に咨り謀る」と。即ち此の語なり。古者、國君諸侯の善と不善とを聞き見るや、皆な馳驅して以て天子に告ぐ。是を以て賞は賢に當たり、罰は暴に當たり、不辜を殺さず、有罪を失わず。則ち此れ尚同の功なり。
現代語訳
だから昔、聖人が事を成し遂げ功を立て、名を後世に伝えた理由は、ほかの何物でもない。ただ尚同によって政治を行ったからである。だから先王の書『周頌』はこう語る。「やって来てかの王にまみえ、その定めを求めた」。これは昔、国君や諸侯が春秋に天子の宮廷に参上し、天子の厳しい教えを受けたことを語っている。退いて国を治めれば、政令の及ぶところで従わない者はなかった。この時代には、そもそも天子の教えを乱そうとする者がいなかった。『詩』にいう、「わが馬は白黒まだら、六本の手綱はつややか。走らせ駆けさせ、あまねく問い尋ねる」。またいう、「わが馬は青黒まだら、六本の手綱は絹糸のよう。走らせ駆けさせ、あまねく問い相談する」。まさにこのことである。昔、国君や諸侯が善いことも善くないことも見聞きすれば、みな馬を駆って天子に告げた。だから賞は賢者に当たり、罰は暴悪に当たり、罪の無い者を殺さず、罪ある者を逃さなかった。これが尚同の功である。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇定公問う、「君臣を使い、臣君に事うるは、之を如何。」孔子対えて曰く、「君は臣を使うに礼を以てし、臣は君に事うるに忠を以てす。」
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『墨子』兼愛中既に以て之を非とす。何を以て之を易えん。子墨子言いて曰く、兼ねて相い愛し、交ごも相い利するの法を以て之を易う。然らば則ち兼ねて相い愛し、交ごも相い利するの法は將に奈何せんとするや。子墨子言う、人の國を視ること其の國を視るが若くし、人の家を視ること其の家を視るが若くし、人の身を視ること其の身を視るが若くす。是の故に諸侯、相い愛すれば則ち野戰せず。家主、相い愛すれば則ち相い簒わず。人と人と相い愛すれば則ち相い賊わず。貴は賤に傲らず、詐は愚を欺かず。凡そ天下の禍簒怨恨をして起こる毋からしむ可き者は、仁者、之を譽む。然り而して今、天下の士、君臣相い愛すれば則ち惠忠なり。父子相い愛すれば則ち慈孝なり。兄弟相い愛すれば則ち和調なり。天下の人、皆な相い愛すれば、强は弱を執えず、衆は寡を劫かさず、富は貧を侮らず。
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『墨子』節葬下是の故に子墨子曰く、郷に吾が本と言えらく、意うに亦た其の言をして、其の謀を用いて、厚葬久喪を計るに、誠に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からんか。則ち仁なり、義なり、孝子の事なり。人の為に謀る者は、勸めざる可からざるなり。意うに亦た其の言に法り、其の謀を用いて、人の若きの厚葬久喪、實に以て貧を富まし、寡を衆くし、危を定め、亂を治む可からざらんか。則ち仁に非ざるなり、義に非ざるなり、孝子の事に非ざるなり。人の為に謀る者は、沮まざる可からざるなり。是の故に以て國家を富まさんことを求むるも、甚だ貧を得たり。以て人民を衆くせんと欲するも、甚だ寡を得たり。以て刑政を治めんと欲するも、甚だ亂を得たり。以て大國の小國を攻むるを禁止せんことを求むるも、既已に不可なり。以て上帝鬼神の福を千めんと欲するも、又た禍を得たり。上、之を堯舜禹湯文武の道に稽うるに、政、之に逆らう。下、之を桀紂幽厲の事に稽うるに、猶お節を合わするがごとし。若し此を以て觀れば、則ち厚葬久喪は、其れ聖王の道に非ざるなり。
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『墨子』尚同中天子・諸侯の君・民の正長、既已に定まる。天子、政を發し教を施すを為して曰く、「凡そ善を聞き見たる者は必ず以て其の上に告げ、不善を聞き見たる者も亦た必ず以て其の上に告げよ。上の是とする所は必ず亦た之を是とし、上の非とする所は必ず亦た之を非とせよ。善有るを見れば之を傍薦し、上に過ち有らば之を規諌せよ。義を其の上に尚同して、下に比するの心有る毋くんば、上、得れば則ち之を賞し、萬民、聞けば則ち之を譽む。意し若し善を聞き見るも以て其の上に告げず、不善を聞き見るも亦た以て其の上に告げず、上の是とする所を是とする能わず、上の非とする所を非とする能わず、善有るを見るも之を傍薦する能わず、上に過ち有るも之を規諫する能わず、下に比して其の上を非とする者は、上、得れば則ち之を誅罰し、萬民、聞けば則ち之を非毁す」と。故に古者、聖王の刑政賞譽を為すや、甚だ明察にして以て審信なり。是を以て天下の人を舉げて皆な上の賞譽を得んと欲して、上の毁罰を畏る。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。