墨子 / 尚賢中
然則富貴為暴以得其罰者,誰也?曰:若昔者三代暴王桀紂幽厲者是也。何以知其然也?曰:其為政乎天下也,兼而憎之,從而賤之,又率天下之民以詬天侮鬼、賤傲萬民。是故天鬼罰之,使身死而為刑戮,子孫離散,室家喪滅,絶無後嗣,萬民從而非之曰暴王,至今不已。則此富貴為暴而以得其罰者也。
新字:然則富貴為暴以得其罰者,誰也?曰:若昔者三代暴王桀紂幽厲者是也。何以知其然也?曰:其為政乎天下也,兼而憎之,従而賤之,又率天下之民以詬天侮鬼、賤傲万民。是故天鬼罰之,使身死而為刑戮,子孫離散,室家喪滅,絶無後嗣,万民従而非之曰暴王,至今不已。則此富貴為暴而以得其罰者也。
書き下し
然らば則ち富貴にして暴を為し、以て其の罰を得たる者は誰ぞや。曰く、昔者の三代の暴王、桀紂幽厲の若き者是れなり。何を以て其の然るを知るや。曰く、其の天下に政を為すや、兼ねて之を憎み、從いて之を賤しくし、又た天下の民を率いて以て天を詬り鬼を侮り、萬民を賤しみ傲る。是の故に天鬼、之を罰し、身を死せしめて刑戮と為し、子孫は離散し、室家は喪滅し、絶えて後嗣無し。萬民、從いて之を非りて暴王と曰い、今に至るまで已まず。則ち此れ富貴にして暴を為し、而して以て其の罰を得たる者なり。
現代語訳
では、富み貴くありながら暴を行って罰を得た者とは誰か。昔の三代の暴君、桀・紂・幽王・厲王がそれである。なぜそう分かるのか。天下に政治を行うにあたり、兼ねてすべてを憎み、それに従って賤しめ、さらに天下の民を率いて天をののしり鬼神を侮り、万民を賤しみ驕ったからである。だから天と鬼神が彼らを罰し、身は死んで刑戮に遭い、子孫は散り、家は滅び、後継ぎは絶えた。万民は彼らをそしって暴君と呼び、今に至るまでやまない。これが、富み貴くありながら暴を行って罰を得た者である。
解説
前章と完全な対句をなします。「兼而愛之、從而利之」に対して「兼而憎之、從而賤之」。同じ「兼」という語が、良い方向にも悪い方向にも全体に及ぶことを示します。分け隔てなく憎むこともまた可能で、そのときは害も全体に及ぶ。地位が高いほど、愛にせよ憎しみにせよ影響が全域に届く、というのがこの対句の含意です。
この章句が説くこと
兼影響暴罰上の態度
関連する章句
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『墨子』天志中夫れ人を憎み人を賊い、天の意に反して、天の罰を得たる者は誰ぞや。曰く、昔者の三代の暴王、桀紂幽厲の若き者、是れなり。桀紂幽厲は焉れの從事する所ぞ。曰く、别に從事して、兼に從事せず。别なる者は、大國に處りて則ち小國を攻め、大家に處りて則ち小家を亂し、强は弱を劫かし、衆は寡を暴い、詐は愚を謀り、貴は賤に傲る。其の事を觀るに、上は天に利あらず、中は鬼に利あらず、下は人に利あらず。三つながら利あらざれば利する所無し。是れを天賊と謂う。天下の醜名を聚斂して之に加えて曰く、此れ仁に非ざるなり、義に非ざるなり。人を憎み人を賊い、天の意に反して、天の罰を得たる者なり、と。
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『墨子』天志下故に昔や三代の聖王、堯舜禹湯文武の天下を兼愛するや、從いて之を利し、其の百姓の意を移して、率いて以て上帝山川鬼神を敬う。天、以為えらく、其の愛する所に從いて之を愛し、其の利する所に從いて之を利す、と。是に於て其の賞を加え、之をして上位に處らしめ、立てて天子と為して以て法らしめ、之に名づけて聖人と曰う。此を以て其の善に賞するの證を知る。是の故に昔や三代の暴王、桀紂幽厲の天下を兼惡するや、從いて之を賊い、其の百姓の意を移して、率いて以て上帝山川鬼神を詬侮す。天、以為えらく、其の愛する所に從わずして之を惡み、其の利する所に從わずして之を賊う、と。是に於て其の罰を加え、之をして父子離散し、國家滅亡し、社稷を隕失し、憂い以て其の身に及ばしむ。是を以て天下の庶民、屬りて之を毁り、萬世の子孫、業として繼嗣するも、之を毁ること賁いに之れ廢れざるなり。之に名づけて失王と曰う。此を以て其の暴に罰するの證を知る。今、天下の士君子の義を為さんと欲する者は、則ち天の意に順わざる可からず。
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『墨子』天志上然らば則ち禹湯文武の其の賞を得たるは何を以てなるや。子墨子言いて曰く、其の事、上は天を尊び、中は鬼神に事え、下は人を愛す。故に天意に曰く、「此れ之れ我が愛する所、兼ねて之を愛し、我が利する所、兼ねて之を利す。人を愛する者、此れ博しと為し、人を利する者、此れ厚しと為す」と。故に貴きこと天子と為し、富は天下を有ち、萬世の子孫に業せしむ。傳えて其の善を稱し、方く天下に施し、今に至るまで之を稱し、之を聖王と謂う。然らば則ち桀紂幽厲の其の罰を得たるは何を以てなるや。子墨子言いて曰く、其の事、上は天を詬り、中は鬼を誣い、下は人を賤しむ。故に天意に曰く、「此れ之れ我が愛する所、别ちて之を惡み、我が利する所、交ごも之を賊う。人を惡む者、此れ之を博しと為し、人を賊う者、此れ之を厚しと為す」と。故に其の夀を終うるを得ず、其の世を殁えず、今に至るまで之を毁り、之を暴王と謂う。
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『墨子』法儀昔の聖王、禹・湯・文・武は、兼ねて天下の百姓を愛し、率いて以て天を尊び鬼に事う。其の人を利すること多し、故に天、之を福し、立てて天子と為さしめ、天下の諸侯、皆な賓として之に事う。暴王、桀・紂・幽・厲は、兼ねて天下の百姓を惡み、率いて以て天を詬り鬼を侮る。其の人を賊うこと多し、故に天、之を禍し、遂に其の國家を失わしめ、身死して天下に僇と為り、後世の子孫、之を毁り、今に至るまで息まず。故に不善を為して以て禍を得る者は、桀・紂・幽・厲是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は、禹・湯・文・武是れなり。人を愛し人を利して以て福を得る者は有り、人を惡み人を賊うて以て禍を得る者も亦た有り。
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『墨子』非命下然るに今、命を以て有りと為す者あり。昔、三代の暴王、桀・紂・幽・厲は、貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。此に於いてか其の耳目の欲を矯めずして、其の心意の辟に従い、外は之れ田獵畢弋に騁せ、内は酒樂に湛り、而して其の國家百姓の政を顧みず。繁く無用を為し、百姓を暴逆し、遂に其の宗廟を失う。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が聴治、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に之を失わんとす」と曰う。昔の三代の罷れ不肖の民と雖も、亦た猶お此くのごときなり。善く親戚君長に事うる能わず、甚だ恭儉を惡みて簡易を好み、飲食を貪りて從事に惰り、衣食の財、足らず、是を以て身、饑寒凍餒の憂いに陷る。其の言に「吾れ罷れ不肖にして、吾が従事、强からず」と曰わず、必ず「吾が命、固より将に窮せんとす」と曰う。昔の三代の偽民も、亦た猶お此くのごときなり。
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『墨子』尚賢中不肖者、左右に在れば、則ち其の譽むる所は賢に當たらず、罰する所は暴に當たらず。王公大人、此を尊びて以て國家に政を為さば、則ち賞も亦た必ず賢に當たらず、罰も亦た必ず暴に當たらず。若し茍くも賞、賢に當たらずして罰、暴に當たらずんば、則ち是れ賢を為す者勸まずして、暴を為す者沮まざらん。是を以て入りては則ち父母に慈孝ならず、出でては則ち鄉里に長弟ならず、居處に節無く、出入に度無く、男女に别無し。官府を治めしむれば則ち盜竊し、城を守らしむれば則ち倍畔し、君に難有れば則ち死せず、出亡すれば則ち從わず。獄を斷ぜしむれば則ち中らず、財を分かたしむれば則ち均しからず。與に事を謀るも得ず、事を舉ぐるも成らず、入りて守るも固からず、出でて誅するも彊からず。故に昔者、三代の暴王、桀紂幽厲の其の國家を失措し、其の社稷を傾覆せし所以の者と雖も、此の故を以てなり。何となれば則ち、皆な小物に明らかにして大物に明らかならざるを以てなり。