酔古堂剣掃 / 集醒・背後の毀り無からしむ
使人有面前之譽,不若使人無背後之毀;使人有乍交之懽,不若使人無久處之厭。
新字:使人有面前之誉,不若使人無背後之毀;使人有乍交之懽,不若使人無久処之厭。
書き下し
人をして面前の譽れ有らしむるは、人をして背後の毀り無からしむるに若かず。人をして乍交の懽び有らしむるは、人をして久處の厭ひ無からしむるに若かず。
現代語訳
人に面と向かって褒めてもらうよりも、陰で悪口を言われないようにするほうがよいのです。付き合い始めに喜んでもらうよりも、長く一緒にいて嫌がられないようにするほうがよいのです。
解説
人付き合いで本当に大切なのは、目の前の評価や最初の印象ではなく、陰での評判と長い付き合いの中での信頼だと説く対句です。面前の誉れと背後の毀り、乍交の懽びと久処の厭いが、それぞれ対になっています。乍交は付き合い始めたばかりの交際、久処は長く一緒に過ごすことです。人は目の前では遠慮して褒めてくれますが、本当の評価は本人のいないところで語られます。初対面で好印象を与えるのは工夫次第でできますが、長く付き合って飽きられないのは人柄の誠実さによるものです。職場でも取引先でも、派手な第一印象より、変わらない態度と約束を守る積み重ねのほうが、結局は深い信頼につながるのではないでしょうか。
この章句が説くこと
交友処世信頼人望誠実
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『学問のすゝめ』十七編・人望論・人に当てにせらるる人物十人の見るところ、百人の指すところにて、「何某は慥かなる人なり、たのもしき人物なり、この始末を託しても必ず間違いなからん、この仕事を任しても必ず成就することならん」と、あらかじめその人柄を当てにして世上一般より望みをかけらるる人を称して、人望を得る人物という。およそ人間世界に人望の大小軽重はあれども、かりそめにも人に当てにせらるる人にあらざれば、なんの用にも立たぬものなり。その小なるを言えば、十銭の銭を持たせて町使いに遣る者も、十銭だけの人望ありて、十銭だけは人に当てにせらるる人物なり。十銭より一円、一円より千円万円、ついには幾百万円の元金を集めたる銀行の支配人となり、または一府一省の長官となりて、ただに金銭を預かるのみならず、人民の便不便を預かり、その貧富を預かり、その栄辱をも預かることあるものなれば、かかる大任に当たる者は、必ず平生より人望を得て、人に当てにせらるる人にあらざれば、とても事をなすことは叶い難し。
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