商君書 / 算地
談說之士、資在於口、處士、資在於意、勇士、資在於氣、技藝之士、資在於手、商賈之士、資在於身。故天下一宅、而圜身資民、資重於身、而偏託勢於外。挾重資、歸偏家、堯舜之所難也、故湯武禁之、則功立而名成。
新字:談説之士、資在於口、処士、資在於意、勇士、資在於気、技芸之士、資在於手、商賈之士、資在於身。故天下一宅、而圜身資民、資重於身、而偏託勢於外。挟重資、帰偏家、堯舜之所難也、故湯武禁之、則功立而名成。
書き下し
談說の士は、資は口に在り。處士は、資は意に在り。勇士は、資は氣に在り。技藝の士は、資は手に在り。商賈の士は、資は身に在り。故に天下は一宅にして、身を圜らして民に資す。資は身より重くして、偏えに勢を外に託す。重資を挾みて偏家に歸するは、堯舜の難ずる所なり。故に湯武はこれを禁ず、則ち功は立ちて名は成る。
現代語訳
弁論の士は、その元手が口にある。世を捨てた隠者は、元手が意地にある。勇士は元手が気迫にあり、技芸の士は元手が手にあり、商人は元手が身ひとつにある。だから彼らにとっては天下のどこもが一つの住まいであって、身ひとつを転がして民から糧を得る。その元手は身よりも重く、ひたすら外に足場を託す。重い元手を抱えたまま偏った家に身を寄せるのは、堯・舜も難しいとしたことである。だから湯王・武王はこれを禁じ、そうして功は立ち名は成ったのだ。
解説
元手が身につく職業を、商君書は警戒する。口・意地・気迫・手・身——どれも土地に縛られない資本であり、持ち主はどこへでも移れる。国から見れば、いつでも去れる人材ということになる。二千三百年前の分析だが、現代の言葉でいえば可搬性の高いスキルの話だ。商君書は移動できる資本を敵視したが、いまの企業はその逆の立場に置かれている。可搬な元手を持つ人ほど、待遇や制度ではつなぎ止められない。ここに留まる理由を、元手の外側に作れるかどうかが問われる。
この章句が説くこと
五民の資資は口に在り可搬なスキル留まる理由人材登用聖人
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