説苑 / 復恩
鮑叔死,管仲舉上衽而哭之,泣下如雨,從者曰:「非君父子也,此亦有說乎?」管仲曰:「非夫子所知也,吾嘗與鮑子負販於南陽,吾三辱於市,鮑子不以我為怯,知我之欲有所明也;鮑子嘗與我有所說王者,而三不見聽,鮑子不以我為不肖,知我之不遇明君也;鮑子嘗與我臨財分貨,吾自取多者三,鮑子不以我為貪,知我之不足於財也。生我者父母,知我者鮑子也。士為知己者死,而況為之哀乎!」
新字:鮑叔死,管仲舉上衽而哭之,泣下如雨,従者曰:「非君父子也,此亦有説乎?」管仲曰:「非夫子所知也,吾嘗与鮑子負販於南陽,吾三辱於市,鮑子不以我為怯,知我之欲有所明也;鮑子嘗与我有所説王者,而三不見聴,鮑子不以我為不肖,知我之不遇明君也;鮑子嘗与我臨財分貨,吾自取多者三,鮑子不以我為貪,知我之不足於財也。生我者父母,知我者鮑子也。士為知己者死,而況為之哀乎!」
書き下し
鮑叔死す、管仲上衽を挙げて之を哭す、泣下ること雨の如し、従者曰く、「君の父子に非ざるなり、此れ亦た説有るか」と。管仲曰く、「夫子の知る所に非ざるなり、吾嘗て鮑子と南陽に負販す、吾三たび市に辱めらるるも、鮑子我を以て怯と為さず、我の明らかにする所有らんと欲するを知ればなり。鮑子嘗て我と与に王者に説く所有りしも、三たび聴かれざるも、鮑子我を以て不肖と為さず、我の明君に遇はざるを知ればなり。鮑子嘗て我と与に財を分ちて貨を分つに、吾自ら多きを取ること三たびするも、鮑子我を以て貪と為さず、我の財に足らざるを知ればなり。我を生む者は父母、我を知る者は鮑子なり。士は己を知る者の為に死す、而るを況んや之が為に哀しむをや」と。
現代語訳
鮑叔が亡くなったとき、管仲は喪服の裾を持ち上げて号泣し、涙は雨のように流れ落ちた。従者が「あなた方は父子の間柄でもないのに、これほど嘆かれるのには何か理由があるのですか」と尋ねた。管仲は言った、「あなたには分かるまい。私はかつて鮑子と南陽で行商をしていたが、私は三度も市場で辱めを受けた。それでも鮑子は私を臆病者とは見なさなかった、私にはまだ明らかにすべきことがあると分かっていてくれたからだ。鮑子はかつて私と共に君主に献策したことがあったが、三度とも聞き入れられなかった。それでも鮑子は私を無能とは見なさなかった、私がまだ明君に出会えていないだけだと分かっていてくれたからだ。鮑子はかつて私と財貨を分けたことがあったが、私は自分から多く取ること三度に及んだ。それでも鮑子は私を強欲とは見なさなかった、私が財に困窮していることを分かっていてくれたからだ。私を生んでくれたのは父母だが、私を本当に理解してくれたのは鮑子だ。士たる者は自分を理解してくれる者のために命を捧げるものだ、まして彼のために哀しむことにおいてはなおさらではないか」と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 管晏列伝管仲曰く、「吾始め困みし時、嘗て鮑叔と賈し、財利を分かつに多く自らに与ふるも、鮑叔、我を以て貪と為さず、我が貧なるを知ればなり。吾嘗て鮑叔の為に事を謀りて更に窮困するも、鮑叔、我を以て愚と為さず、時に利不利有るを知ればなり。吾嘗て三たび仕へて三たび君に逐はるるも、鮑叔、我を以て不肖と為さず、我が時に遭はざるを知ればなり。吾嘗て三たび戦ひて三たび走るも、鮑叔、我を以て怯と為さず、我に老母有るを知ればなり。公子糾敗れ、召忽之に死し、吾幽囚せられて辱めを受くるも、鮑叔、我を以て無恥と為さず、我が小節を羞ぢずして功名の天下に顕はれざるを恥づるを知ればなり。我を生みし者は父母なるも、我を知る者は鮑子なり。」
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『列子』力命篇管仲嘗て歎じて曰く、吾少くして窮困せし時、嘗て鮑叔と賈す。財を分かつに多く自ら與る。鮑叔我を以て貪と爲さず。我の貧しきを知ればなり。吾嘗て鮑叔の爲に事を謀りて大いに窮困す。鮑叔我を以て愚と爲さず。時に利あり不利あるを知ればなり。吾嘗て三たび仕えて三たび君に逐わる。鮑叔我を以て不肖と爲さず。我の時に遭わざるを知ればなり。吾嘗て三たび戰いて三たび北ぐ。鮑叔我を以て怯と爲さず。我に老母有るを知ればなり。公子糾敗れ、召忽之に死し、吾は幽囚されて辱を受く。鮑叔我を以て恥無しと爲さず。我の小節を羞じずして名の天下に顯れざるを恥ずるを知ればなり。我を生む者は父母、我を知る者は鮑叔なり、と。
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『管子』小匡鮑叔受けて之を哭す、三たび舉ぐ。施伯從いて之を笑い、大夫に謂いて曰く、「管仲必ず死せざらん。夫れ鮑叔の忍びて賢人を僇せざるは、其の智賢を稱して以て自ら成すなり。鮑叔公子小白に相たり、先に入りて國を得たり。管仲・召忽は公子糺を奉じ、後れて入り、魯と與に以て戰い、能く魯をして敗れしむ。功以て天を得ると天を失うとに足る、其の人事は一なり。今魯懼れ、公子糺・召忽を殺し、管仲を囚えて以て齊に予う。鮑叔後事無きを知り、必ず將に管仲を勤めて以て其の君を勞し、願わくは以て其の功を顯さんとす。衆必ず之に得る有るを予えん。力めて死するの功すら、猶お尚お加う可きなり。生を顯すの功は、將に何如ならんとす。是れ德を昭らかにして以て君に貳するなり。鮑叔の知は是を失わざるなり」と。
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史記 管晏列伝管仲夷吾は、潁上の人なり。少き時常に鮑叔牙と游び、鮑叔、其の賢なるを知れり。管仲貧困にして、常に鮑叔を欺くも、鮑叔、終に善く之を遇し、以て言を為さず。已にして鮑叔、斉の公子小白に事へ、管仲は公子糾に事ふ。小白立ちて桓公と為り、公子糾死するに及び、管仲囚はる。鮑叔遂に管仲を進む。管仲既に用ひられ、政に斉に任ず。斉の桓公以て覇たり、諸侯を九合し、天下を一匡したるは、管仲の謀なり。
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呂氏春秋・贊能②管子は束縛せられて魯に在り。桓公、鮑叔を相にせんと欲す。鮑叔曰く、「吾が君、霸王たらんと欲すれば、則ち管夷吾、彼に在り。臣は若かざるなり。」桓公曰く、「夷吾は寡人の賊なり。我を射し者なり。不可なり。」鮑叔曰く、「夷吾は其の君の為に人を射し者なり。君若し得て之を臣とせば、則ち彼も亦た將に君の為に人を射んとせん。」桓公聽かず、強いて鮑叔を相とせんとす。固く辭して相を讓る,桓公果して之を聽く。是に於てか人をして魯に告げしめて曰く、「管夷吾は寡人の讎なり。願わくば之を得て親ら手を加えん。」魯君許諾し、乃ち吏をして其の拳を鞹し、其の目を膠し、之を盛るに鴟夷を以てし、之を車中に置かしむ。齊の境に至るや、桓公、人をして朝車を以て之を迎え、祓うに爟火を以てし、釁するに犧猳を以てし、生かして之と國に如かしむ。有司に命じて廟を除わしめ、筵几して之に薦めて曰く、「孤の夷吾の言を聞きし自り、目は益々明らかに、耳は益々聰なり。孤敢て專らにせず。敢て以て先君に告ぐ。」因りて顧みて管子に命じて曰く、「夷吾、予を佐けよ。」管仲還り走り、再拜稽首して、令を受けて出づ。管子、齊國を治め、事を舉げて功有れば、桓公必ず先づ鮑叔を賞して曰く、「齊國をして管子を得しめし者は、鮑叔なり。」桓公は賞を行うことを知れりと謂う可し。凡そ賞を行うには其の本を欲す。本なれば則ち過ち由りて生ずること無ければなり。
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史記 管晏列伝鮑叔既に管仲を進め、身を以て之に下る。子孫世々斉に禄せられ、封邑を有つこと十余世、常に名大夫為り。天下、管仲の賢を多とせずして、鮑叔の能く人を知るを多とす。