宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
或問伊川量可學否曰可學進則識進識進則量進曰如魏公可學否曰魏公是間氣論韓魏公范文正公皆是天資不由講學
新字:或問伊川量可学否曰可学進則識進識進則量進曰如魏公可学否曰魏公是間気論韓魏公范文正公皆是天資不由講学
書き下し
或るひと問う、伊川、量は學ぶ可きや否やと。曰く、學ぶ可し。進めば則ち識進む。識進めば則ち量進むと。曰く、魏公の如きは學ぶ可きやと。曰く、魏公は是れ間氣なりと。韓魏公・范文正公を論ずるに、皆是れ天資にして講學に由らず。
現代語訳
ある人が問うた。「伊川先生、度量は学んで身につくものでしょうか」。答えて言った。「学べる。進めば見識が進む。見識が進めば度量が進む」。「では韓琦のような度量は、学べますか」。答えて言った。「魏公は天地のあいだの気を受けた人だ」。韓琦と范仲淹を論ずるに、みな生まれつきのものであって、講学によったのではない、と。
解説
程頤への問いです。答えは、届く道があることを示すものでした。**学べる。進めば見識が進む。見識が進めば度量が進む。**度量は性格ではなく、見識の広がりに従って広がる、という順序です。ところが名前を出した途端に、答えが変わりました。**魏公は天地のあいだの気を受けた人だ。**学べる、の外に置いています。もう一つの語録も同じでした。**みな生まれつきのものであって、講学によったのではない。**この巻を読み通した人が、最後に置くのにふさわしい注記です。
この章句が説くこと
量は学ぶ可きや否や学ぶ可し進めば則ち識進む識進めば則ち量進む魏公は是れ間気なり皆是れ天資にして講学に由らず度量学び
関連する章句
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