宋名臣言行録 / 前集巻一・呂䝉正
上聞汴水輦運卒有私質市者謂侍臣曰幸門如鼠穴何可塞之但去其尤者可矣篙工楫師茍有少販鬻但無妨公不必究問冀官物之入無至損折可矣䝉正曰水至清則無魚人至察則無徒小人情偽在君子豈不知之若以大度兼容則萬事兼濟曹參不擾獄市者以其兼愛善惡窮乏則姦慝無所容故慎勿擾也聖言所發正合黄老之道
新字:上聞汴水輦運卒有私質市者謂侍臣曰幸門如鼠穴何可塞之但去其尤者可矣篙工楫師茍有少販鬻但無妨公不必究問冀官物之入無至損折可矣䝉正曰水至清則無魚人至察則無徒小人情偽在君子豈不知之若以大度兼容則万事兼済曹参不擾獄市者以其兼愛善悪窮乏則姦慝無所容故慎勿擾也聖言所発正合黄老之道
書き下し
上、汴水の輦運の卒に私かに質市する者有るを聞く。侍臣に謂いて曰く、幸門は鼠穴の如し。何ぞ之を塞ぐ可けんや。但だ其の尤なる者を去れば可なるのみ。篙工楫師、茍くも少しく販鬻する有るも、但だ公を妨ぐる無くんば、必ずしも究問せず。官物の入るに損折に至る無きを冀わば可なりと。䝉正曰く、水至って清ければ則ち魚無く、人至って察なれば則ち徒無し。小人の情偽、君子豈に之を知らざらんや。若し大度を以て兼ね容れば、則ち萬事兼ね濟らん。曹參の獄市を擾さざるは、其の善惡を兼愛するを以てなり。窮乏すれば則ち姦慝容るる所無し。故に慎みて擾す勿かれと。
現代語訳
太宗は、汴水の輸送に当たる兵に、ひそかに物を質入れして売買する者があると聞いた。側近に言った。「不正の入口は鼠の穴のようなものだ。どうして全部を塞げよう。ただ甚だしい者を除けばそれでよい。棹をさす者や櫓をこぐ者が、少しばかり物を売り買いしても、公務の妨げにならなければ必ずしも詮索しない。官の物が入るときに欠けが出ないようにと願うなら、それで十分だ」。呂蒙正が言った。「水があまりに清ければ魚は棲まず、人があまりに厳しく見れば仲間がいなくなります。小人の情や偽りを、君子がどうして知らないでいましょう。もし大きな度量で併せ受け入れれば、万事が併せて成ります。曹参が獄と市場をかき乱さなかったのは、善も悪も併せて愛したからです。追い詰めれば、悪しき者は身の置きどころが無くなります。だから慎んでかき乱さないように」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・尊賢斉の桓公庭燎を設け、士の造り見えんと欲する者の為にす。期年にして士至らず。是に於いて東野の鄙人に九九の術を以て見えんとする者有り。桓公曰く、「九九何ぞ以て見ゆるに足らんや」と。鄙人対えて曰く、「臣九九を以て見ゆるに足れりと為すに非ず、臣聞く、主君庭燎を設けて以て士を待つも、期年にして士至らずと。夫れ士の至らざる所以の者は、君は天下の賢君なり、四方の士、皆自ら論ずるに君に及ばずと以て、故に至らざるなり。夫れ九九は薄能のみなるに、而れども君猶お之を礼す、況んや九九より賢れる者をや。夫れ太山は壌石を辞せず、江海は小流を逆えず、大を成す所以なり」と。詩に云う、「先民言える有り、芻蕘に詢う」と。博く謀ることを言うなり。桓公善しと曰いて、乃ち因りて之を礼す。期月にして四方の士、相携えて並び至る。詩に曰く、「堂より基に徂き、羊より牛に徂く」と。内を以て外に及び、小を以て大に及ぶことを言うなり。
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説苑・復恩楚の荘王群臣に酒を賜ふ、日暮れて酒酣にして、燈燭滅す、乃ち人の美人の衣を引く者有り、美人其の冠纓を援絶して、王に告げて曰く、「今者燭滅え、妾の衣を引く者有り、妾其の冠纓を援け得て之を持てり、趣かに火を来して上げしめ、纓を絶ちし者を視られよ」と。王曰く、「人に酒を賜ひ、酔ひて礼を失はしめしに、奈何ぞ婦人の節を顕して士を辱めんと欲せんや」と。乃ち左右に命じて曰く、「今日寡人と飲みて、冠纓を絶たざる者は懽ならず」と。群臣百有余人皆其の冠纓を絶ち去りて火を上ぐ、卒に尽く懽びて罷む。居ること三年、晋楚と戦ふ、一臣常に前に在り、五合五たび奮ひ、首として敵を卻く、卒に之に勝つを得たり、荘王怪しみて問ひて曰く、「寡人徳薄く、又未だ嘗て子を異にせざるに、子何の故に死に出でて疑はざること是の如きか」と。対へて曰く、「臣当に死すべかりき、往者酔ひて礼を失ひしとき、王隠忍して誅を加へざりき、臣終に敢へて蔭蔽の徳を以て王に顕報せざらんや、常に肝脳を地に塗り、頸血を用ひて敵に湔がんことを願ふこと久し、臣乃ち夜纓を絶ちし者なり」と。遂に晋軍を敗り、楚以て強きを得たり、此れ陰徳有る者は必ず陽報有るなり。
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尚書・秦誓如し一介の臣有りて、斷斷猗として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如くんば。
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人物志・材能寛弘の人は、宜しく郡国を為すべし。下をして其の功を施すを得しめて、其の事を総成す。急小の人は、宜しく百里を理むべし。事を己に辦ぜしむ。
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牧民忠告・事長夫れ天下を能くする者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊驁(へんごう)にして大いに其の下を礼せず、常に掾属(えんぞく)をして庭下に羅拝(らはい)せしむ。一賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈(い)えて当に庭参すべし。是の日偶(たま)たま大雨あり、守は傘を張り茅(かや)を庭下に布(し)かしめ、掾をして拝せしむ、掾恬然(てんぜん)として容(かたち)を動かさず、興伏(こうふく)惟(こ)れ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり、後果たして然り。
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説苑・尊賢晋の文侯、地を行きて隧に登るに、大夫皆之を扶く。隨会扶けず。文侯曰く、「会よ、夫れ人臣為りて其の君を忍ぶ者は、其の罪奚如ん」と。対えて曰く、「其の罪重死なり」と。文侯曰く、「何をか重死と謂う」と。対えて曰く、「身死し、妻子戮せらる」と。隨会曰く、「君奚ぞ独り人臣為りて其の君を忍ぶ者を問いて、人君為りて其の臣を忍ぶ者を問わざるや」と。文侯曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、其の罪何如ん」と。隨会対えて曰く、「人君為りて其の臣を忍ぶ者は、智士謀を為さず、弁士言を為さず、仁士行を為さず、勇士死を為さず」と。文侯綏を援きて車を下り、大夫に辞して曰く、「寡人に腰髀の病有り、願わくは諸大夫罪する勿かれ」と。