韓非子 / 八姦第九
曰:君人者,以羣臣百姓爲威强者也。羣臣百姓之所善,則君善之;非羣臣百姓之所善,則君不善之。爲人臣者,聚帶劒之客,養必死之士,以彰其威,明爲己者必利,不爲己者必死,以恐其羣臣百姓而行其私,此之謂「威强」。
新字:曰:君人者,以羣臣百姓為威強者也。羣臣百姓之所善,則君善之;非羣臣百姓之所善,則君不善之。為人臣者,聚帯劒之客,養必死之士,以彰其威,明為己者必利,不為己者必死,以恐其羣臣百姓而行其私,此之謂「威強」。
書き下し
人臣為る者は、帶劍の客を聚め、必死の士を養いて、以て其の威を彰し、己の為にする者は必ず利し、己の為にせざる者は必ず死するを明らかにして、以て其の群臣百姓を恐れしめて其の私を行う
現代語訳
臣下たる者が、武装した客分を集め、命がけの戦士を養って自らの威力を示し、自分に従う者は必ず利益を得て、従わない者は必ず死ぬことを明らかにし、群臣や民衆を恐れさせて私利私欲を行う。
解説
家来たる者が、剣を帯びた食客を集め、命知らずの武者を養って自分の威勢を示し、自分に従う者には必ず利益を与え、従わない者には必ず酷い目に遭わせることをはっきりさせ、周りの家臣や民を恐れさせて自分の思うままに事を運ぶことを、韓非子は「威強」と呼んで戒めます。組織の中で、ある管理職が自分の言いなりになる子分ばかりを周りに集め、「従えば引き立てる、逆らえば居場所をなくす」という恐怖で人を動かすやり方は、今で言えば地位を利用した嫌がらせに他なりません。人の上に立つ者は、こうした恐怖による支配が一時的に効き目を上げているように見えても、いずれ組織そのものを蝕む病であることを見抜き、決して見過ごしてはならないのです。
この章句が説くこと
パワーハラスメント恐怖政治派閥コンプライアンス公平性
関連する章句
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史記 李斯列伝公子高奔らんと欲するも、収族を恐れ、乃ち書を上りて曰く、「先帝恙無き時、臣入れば則ち食を賜ひ、出づれば則ち輿に乗る。御府の衣、臣之を賜ふを得、中廄の宝馬、臣之を賜ふを得たり。臣当に死に従ふべくして能はず。人の子と為りて不孝、人の臣と為りて不忠なり。不忠なる者は名無くして以て世に立つ。臣請ふ死に従はん。願はくは酈山の足に葬られん。唯だ上幸ひに之を哀憐せよ」と。書上る。胡亥大いに説び、趙高を召して之を示して曰く、「此れ急と謂ふべきか」と。趙高曰く、「人臣死を憂へて暇あらず。何の変か之れ謀るを得ん」と。胡亥其の書を可とし、銭十万を賜ひて以て葬らしむ。法令誅罰日に益々刻深にして、群臣人人自ら危ぶみ、畔かんと欲する者衆し。又阿房の宮を作り、直・馳道を治め、賦斂愈々重く、戍徭已む無し。是に於て楚の戍卒陳勝・呉広等乃ち乱を作し、山東に起こる。傑俊相立ち、自ら置きて侯王と為り、秦に叛き、兵鴻門に至りて卻く。李斯数々間を請ひて諫めんと欲するも、二世許さず。而して二世李斯を責問して曰く、「吾に私議有りて韓子に聞く所有り。曰く『堯の天下を有つや、堂の高さ三尺、采椽斲らず、茅茨翦らず、逆旅の宿と雖も此より勤めざるなり。冬日は鹿裘、夏日は葛衣、粢糲の食、藜藿の羹、土匭に飯し、土鉶に啜る。監門の養と雖も此より觳ならざるなり。禹は竜門を鑿ち、大夏に通じ、九河を疏し、九防を曲げ、渟水を決して之を海に致す。而して股に胈無く、脛に毛無く、手足胼胝し、面目黎黒にして、遂に以て外に死し、会稽に葬らる。臣虜の労も此より烈しからず』と。然らば則ち夫の天下を有つを貴ぶ所の者は、豈に形を苦しめ神を労し、身は逆旅の宿に処り、口は監門の養を食ひ、手は臣虜の作を持たんと欲せんや。此れ不肖の人の勉むる所なり。賢者の務むる所に非ざるなり。
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史記 秦始皇本紀乃ち大臣及び諸公子を行誅し、罪過を以て少近の官の三郎を連逮し、立つを得る者無し。而して六公子杜に戮死す。公子将閭の昆弟三人内宮に囚はれ、其の罪を議すること独り後る。二世使ひをして将閭に令せしめて曰く、「公子臣たらず、罪死に当たる。吏法を致さん」と。将閭曰く、「闕廷の礼、吾未だ嘗て敢へて賓賛に従はずんばあらず。廊廟の位、吾未だ嘗て敢へて節を失はず。命を受けて応対するに、吾未だ嘗て敢へて辞を失はず。何をか臣たらずと謂ふ。願はくは罪を聞きて死せん」と。使者曰く、「臣は謀に与るを得ず、書を奉じて事に従ふのみ」と。将閭乃ち天を仰ぎて大いに天を呼ぶこと三たび、曰く、「天か、吾罪無し」と。昆弟三人皆流涕して剣を抜きて自殺す。宗室振恐す。群臣の諫むる者は以て誹謗と為す。大吏は禄を持して容を取り、黔首は振恐す。四月、二世還りて咸陽に至りて曰く、「先帝は咸陽の朝廷小なるが為に、故に阿房宮を営みて室堂と為す。未だ就らざるに、会上崩じ、其の作る者を罷め、土を酈山に復せり。酈山の事大いに畢はる。今阿房宮を釈きて就さずんば、則ち是れ先帝の挙事の過ちを章らかにするなり」と。復た阿房宮を作る。外は四夷を撫すること、始皇の計の如し。尽く其の材士五万人を徴して咸陽に屯衛と為し、射・狗馬・禽獣を教へしむ。食に当たる者多く、度るに足らず。下して郡県に調して菽粟芻稿を転輸せしめ、皆自ら糧食を齎さしめ、咸陽三百里内は其の穀を食ふを得ず。法を用ゐること益刻深なり。七月、戍卒陳勝等故の荊の地に反き、「張楚」と為す。勝自ら立ちて楚王と為り、陳に居り、諸将を遣はして地を徇へしむ。山東の郡県の少年秦の吏に苦しみ、皆其の守尉令丞を殺して反き、以て陳渉に応じ、相立ちて侯王と為り、合従して西に郷ひ、名づけて秦を伐つと為す者、勝げて数ふ可からざるなり。謁者使ひして東方より来たり、反者を以て二世に聞す。二世怒り、吏に下す。
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史記 秦始皇本紀中人或いは丞相に告ぐ。丞相後に車騎を損ず。始皇怒りて曰く、「此れ中人吾が語を泄らせり」と。案問するも服する莫し。是の時に当たり、詔して諸の時に旁らに在りし者を捕へ、皆之を殺す。是より後、行の所在を知る莫し。事を聴き、群臣の事を決するを受くるは、悉く咸陽宮に於てす。
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史記 李斯列伝故に明主能く此の三者を外にし、而して独り主術を操りて以て聴従の臣を制し、而して其の明法を修む。故に身尊くして勢重きなり。凡そ賢主なる者は、必ず将に能く世に拂ひ俗を磨き、而して其の悪む所を廃し、其の欲する所を立てんとす。故に生きては則ち尊重の勢有り、死しては則ち賢明の謚有るなり。是を以て明君は独断す。故に権臣に在らざるなり。然る後に能く仁義の塗を滅ぼし、馳説の口を掩ひ、烈士の行ひを困しめ、聡を塞ぎ明を揜ひ、内に独り視聴す。故に外は仁義烈士の行ひを以て傾くべからず、而して内は諫説忿争の弁を以て奪ふべからず。故に能く犖然として独り恣睢の心を行ひて之に敢て逆らふ莫し。此の若くにして然る後に能く申・韓の術を明らかにして、商君の法を修むと謂ふべし。法修まり術明らかにして天下乱るる者は、未だ之を聞かざるなり。故に曰く「王道は約にして操り易し」と。唯だ明主のみ能く之を行ふと為す。此の若くなれば則ち督責の誠と謂ふ。則ち臣に邪無し。臣に邪無ければ則ち天下安し。天下安ければ則ち主厳尊なり。主厳尊なれば則ち督責必なり。督責必なれば則ち求むる所得らる。求むる所得らるれば則ち国家富む。国家富めば則ち君の楽しみ豊かなり。故に督責の術設けらるれば、則ち欲する所得ざる無し。群臣百姓過ちを救ふに給せず、何の変か之れ敢て図らんや。此の若くなれば則ち帝道備はりて、君臣の術を明らかにすと謂ふべし。申・韓復た生くと雖も、加ふる能はざるなり、と。書奏せられ、二世悦ぶ。是に於て督責を行ふこと益々厳にして、民に税すること深き者を明吏と為す。二世曰く、「此の若くんば則ち能く督責すと謂ふべし」と。刑せらるる者道に相半ばし、而して死人日に市に積を成す。人を殺すこと衆き者を忠臣と為す。二世曰く、「此の若くんば則ち能く督責すと謂ふべし」と。
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呂氏春秋・淫辭⑦宋王、其の相唐鞅に謂いて曰く、「寡人、殺戮する所の者衆し。而るに群臣愈々畏れず。其の故は何ぞや。」唐鞅對えて曰く、「王の罪する所は、盡く不善の者なり。不善を罪すれば、善者故より畏れずと爲す。王、群臣の畏るるを欲さば、其の善と不善とを辧ずること無くして、時に之を罪するに若かず。此の若くば則ち群臣畏る。」居ること幾何も無くして、宋君、唐鞅を殺す。唐鞅の對うるや、對うる無きに若かず。
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『韓非子』孤憤第十一是れ當塗者の徒屬、愚にして患を知らざる者に非ずんば、必ず污にして姦を避けざる者なり。
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