韓非子 / 說林上二十二
子圉恐孔子貴於君也,因謂太宰曰:「君已見孔子,亦將視子猶蚤虱也。」太宰因弗復見也。
新字:子圉恐孔子貴於君也,因謂太宰曰:「君已見孔子,亦将視子猶蚤虱也。」太宰因弗復見也。
書き下し
子園、孔子の君に貴ばれんことを恐るるや、...太宰因て復た見えしめず。
現代語訳
子園は、孔子が君主に重用されることを恐れて(策を弄し)、...太宰は(その策にはまり)孔子を君主に二度と会わせなかった。
解説
子圉は、孔子が主君に重んじられることを恐れて一計を案じ、太宰に「主君が孔子に会えば、あなたのことなど蚤や虱のように見下すようになりますよ」と告げ口しました。まんまとその言葉を信じた太宰は、二度と孔子を主君に会わせようとしませんでした。これは、間に立つ人が、自分より優れた人材が上の目に留まるのを恐れ、わざと連絡を断ってしまう場面です。会社の中間管理職に限らず、町内会や親戚づきあいでも、間を取り持つ役の人が自分の立場を守りたいばかりに、良い話や優れた人を上や周りに伝えずに握りつぶすことがあります。こうした嫉妬混じりの出し惜しみは、周りの集まり全体の育ちを静かに損ないます。
この章句が説くこと
ゲートキーピング人材登用嫉妬情報遮断組織政治
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『講孟余話』告子下 第十三章好善の二字、全章の主意にして、不好善は其の裏なり。中庸に云く、「舜は其れ大知なるか。舜は問ふことを好みて邇言を察することを好む」。秦誓に曰く、「若し一个の臣有り、断々として他の技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如し。人の技有る、己之れを有するが若くし、人の彦聖なる、其の心之れを好みし、啻に其の口より出づるが若くするのみならず、寔に能く之れを容る。以て能く我が子孫黎民を保んず、尚はくは亦利有らんかな。人の技有る、媢疾して以て之れを悪み、人の彦聖なる、之れに違ひて通ぜざらしむ。寔に容るること能はず、以て我が子孫黎民を保んずること能はず。亦曰に殆いかな」。大学に引くところ及び此の章と、人の上となり政を執る者、一通を録して座右の銘となすべし。才を嫉み能を妬む時は、有志の士日に屈し、朝廷無人の地となり、一国の正気衰荼し、甚しきは正気下に鬱結し、大変乱を発するに至る。古今乱亡の朝野を歴観するに、皆然らざることなし。大抵変乱を煽起する者は皆傑物なり。故に乱首賊魁となる者、登りて朝廷にあれば良臣賢臣なり。鄭芝龍の如き、去れば則ち海賊なり、帰すれば則ち名将なり。平将門も早く検非違使とならば能吏の名あらん、去りて東すれば則ち朝敵なり。人皆然り、此の二人は特に其の甚しき者なり。是れを以て政を為すの難からざるを知るべし。豪傑を登崇して朝廷に措けば国安く、豪傑を黜斥して草野に放てば国危し。大国・小国・大事・小事、皆類推すべし。畏るべきの甚しきに非ずや。
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大学《秦誓》(しんせい)に曰く、「若(も)し一つの臣有らん。断断(だんだん)として他技無く、其の心休休焉(きゅうきゅうえん)として、其れ容るる有るが如し。人の技有るを、己之れ有るが如くし、人の彦聖(げんせい)なるを、其の心之を好むこと、啻(ただ)に其の口より出づるが如きのみならず。実に能く之を容(い)る。以て我が子孫黎民(れいみん)を保(やすん)ずべし、尚(な)お亦た利有らん哉(かな)。人の技有るを、媢嫉(ぼうしつ)して以て之を悪み、人の彦聖なるを、之を違(さまた)げて通ぜざらしむ。実に容るる能わず。以て我が子孫黎民を保つ能わず、亦た殆(あやう)き哉」と。唯(ただ)仁人(じんじん)のみ之を放流(ほうりゅう)し、四夷に迸(しりぞ)け、与(とも)に中国を同じくせず。此れ唯仁人のみ能く人を愛し、能く人を悪むと謂う。賢を見て挙ぐる能わず、挙げて先んずる能わざるは、命(慢)なり。不善を見て退くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは、過ちなり。人の悪む所を好み、人の好む所を悪む、是れ人の性を拂(もと)ると謂う。災い必ず夫(そ)の身に逮(およ)ばん。是の故に君子に大道有り、必ず忠信なるを以て之を得、驕泰(きょうたい)なるを以て之を失う。
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