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言志四録 / 南洲手抄

無爲而有爲之謂誠。有爲而無爲之謂敬。

新字:無為而有為之謂誠。有為而無為之謂敬。

書き下し

為す無くして為す有る之を誠と謂ふ。為す有つて為す無し之を敬と謂ふ。

現代語訳

作為がないのに(自然に)為されている、これを「誠」という。作為して為しながら(作為の跡がない)、これを「敬」という。

解説

「誠」と「敬」を、作為の有無という角度から対にして説いた一条です。何も作為していないのに、おのずと正しく為されている——これが自然な最高の境地「誠」。一方、意識して努め励みながらも、そこにわざとらしさや力みが残らない——これが工夫の境地「敬」。三十二番の敬と誠の区別とも響き合います。努力して律する「敬」から、律する必要もない自然な「誠」へ。一見禅問答のようですが、努力が板についてやがて自然になる、修養の到達点を示しています。力みが取れて自然体になる、その熟達の姿を言い当てた一条です。

この章句が説くこと

誠と敬無為自然体熟達

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