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長短経 / 臣行

衛鞅始自以為知王霸之徳、原其事、不倫也。昔周召公施美政、其死也、後世思之、〈蔽芾甘棠〉之詩是、嘗舍於樹下、不忍伐其樹、况害於身乎?管仲奪伯氏駢邑三百户無怨言。今衛鞅内刻刀鋸之刑、外深鈇鉞之誅、身死車裂、其去霸者之佐、亦逺矣!然孝公殺之、亦非也。可輔而用、使衛鞅施寛平之法、加之以恩、申之以信、庶幾霸者之佐乎!”

新字:衛鞅始自以為知王覇之徳、原其事、不倫也。昔周召公施美政、其死也、後世思之、〈蔽芾甘棠〉之詩是、嘗舎於樹下、不忍伐其樹、況害於身乎?管仲奪伯氏駢邑三百戸無怨言。今衛鞅内刻刀鋸之刑、外深鈇鉞之誅、身死車裂、其去覇者之佐、亦遠矣!然孝公殺之、亦非也。可輔而用、使衛鞅施寛平之法、加之以恩、申之以信、庶幾覇者之佐乎!”

書き下し

衛鞅、始め自ら以て王霸の徳を知ると為す。其の事を原ぬるに、倫ならざるなり。昔、周の召公、美政を施す。其の死するや、後世之を思う。蔽芾たる甘棠の詩是なり。嘗て樹下に舎る、其の樹を伐るに忍びず。況んや身を害するに於てをや。管仲、伯氏の駢邑三百戸を奪うも怨言無し。今、衛鞅は内は刀鋸の刑を刻み、外は鈇鉞の誅を深くす。身死して車裂かる。其の霸者の佐を去ること、亦た遠し。然れども孝公の之を殺すも亦た非なり。輔けて用う可し。衛鞅をして寛平の法を施し、之に加うるに恩を以てし、之を申ぶるに信を以てせしめば、庶幾くは霸者の佐ならんか」と。

現代語訳

商鞅は初め、自分は王道と覇道の徳を知っていると考えていた。しかしその事績を尋ねれば、それには当たらない。昔、周の召公はよい政治を施した。その死後、後世の人はこれを慕った。しげった甘棠の詩がそれである。かつて木の下に宿った、その木を伐るのさえ忍びなかった。まして身を害することなどどうしてあろう。管仲は伯氏の駢邑三百戸を取り上げたが、怨みの言葉はなかった。ところが商鞅は、内では刀とのこぎりの刑を刻み、外では斧と鉞の誅を深くした。身は死んで車裂きにされた。覇者の補佐からは、はるかに遠い。しかし孝公の後継がこれを殺したのもまた誤りである。助けて用いるべきであった。商鞅に寛やかで公平な法を施させ、これに恩を加え、信によって伸ばさせていたなら、おそらく覇者の補佐となれただろう」。

解説

召公は木の下に宿っただけで、後世の人がその木を伐るのを惜しんだ。管仲は領地を取り上げたのに怨まれなかった。二つの例が示すのは、同じことをしても人が受け取る意味が違うということです。商鞅の法は公正でしたが、恩と信がなかった。だから死後に守る者がいなかった。そして劉向は、商鞅を殺したほうも誤りだと言う。厳しすぎる人を、矯めて使うという選択肢もあったのです。

この章句が説くこと

臣行商鞅召公甘棠管仲刑罰

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