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廟堂忠告 / 用賢第二

天子之職,莫重擇相;宰相之職,莫重用賢。然則何以知其賢?詢諸人則知之,察其行則知之,觀所舉則知之。夫為室而不眾工之資,梓人雖巧,室不能成矣。為國家而不眾賢之集,相臣雖才,國不治矣。彼為相者,誠能開誠布公,廓焉無我,巳有不能,舉能者而用之;已有不知,舉知者而用之;已有不敢言,舉敢言者而用之。如是則彼之所能,皆我有矣。必欲一身而兼眾人之事,雖大聖大賢,有所不能。夫粹白之狐,舉世無所有也,然而有粹白之裘者,善取於眾而已矣。况大臣,初不貴乎事無不知,第公正其心,無所媢疾,則智者效謀,勇者效力。呫呫以為才,捷捷以為辯,自衒自伐,則賢者必不樂為之用。大拞人君自伐,則臣職有所不行;相臣自伐,則百執事之職有所不行。為人上者,操約以馭繁,居靜以制動,以無心而應天下之心,則所令者從,所庸者勸。苟知其賢而任之,既任而疑之,而務□之,顧与不知不用,自任其才也,奚異?若然,則體統失,而謟佞之小人至矣。與小人處,則天下之事,不論可知。吁!

新字:天子之職,莫重択相;宰相之職,莫重用賢。然則何以知其賢?詢諸人則知之,察其行則知之,観所舉則知之。夫為室而不眾工之資,梓人雖巧,室不能成矣。為国家而不眾賢之集,相臣雖才,国不治矣。彼為相者,誠能開誠布公,廓焉無我,巳有不能,舉能者而用之;已有不知,舉知者而用之;已有不敢言,舉敢言者而用之。如是則彼之所能,皆我有矣。必欲一身而兼眾人之事,雖大聖大賢,有所不能。夫粋白之狐,舉世無所有也,然而有粋白之裘者,善取於眾而已矣。况大臣,初不貴乎事無不知,第公正其心,無所媢疾,則智者効謀,勇者効力。呫呫以為才,捷捷以為弁,自衒自伐,則賢者必不楽為之用。大拞人君自伐,則臣職有所不行;相臣自伐,則百執事之職有所不行。為人上者,操約以馭繁,居静以制動,以無心而応天下之心,則所令者従,所庸者勧。苟知其賢而任之,既任而疑之,而務□之,顧与不知不用,自任其才也,奚異?若然,則体統失,而謟佞之小人至矣。与小人処,則天下之事,不論可知。吁!

書き下し

天子の職は相を択(えら)ぶより重きは莫(な)く、宰相の職は賢を用うるより重きは莫し。然らば則ち何を以て其の賢を知らんや。諸(これ)を人に詢(と)えば則ち之を知り、其の行いを察すれば則ち之を知り、挙ぐる所を観れば則ち之を知る。夫れ室を為(つく)るに衆工の資を用いざれば、梓人(ししん)巧みなりと雖も、室成る能わず。国家の為に衆賢を集めざれば、相臣(しょうしん)才ありと雖も、国治まらず。彼(か)の相為(た)る者、誠に能く開誠布公(かいせいふこう)にして、廓焉(かくえん)として我無く、己に能わざる所有れば能なる者を挙げて之を用い、己に知らざる所有れば知る者を挙げて之を用い、己に敢えて言わざる所有れば敢えて言う者を挙げて之を用う。是くの如くなれば則ち彼の能くする所、皆我に有り。必ず一身にして衆人の事を兼ねんと欲すれば、大聖大賢と雖も能わざる所有り。夫れ粋白(すいはく)の狐は、世を挙げて有る所無きなり。然れども粋白の裘(かわごろも)有る者は、善く衆に取るのみ。况(いわ)んや大臣は、初めより事の知らざる無きを貴ばず、第(た)だ其の心を公正にして媢疾(ぼうしつ)する所無ければ、則ち智者は謀(はかりごと)を効(いた)し、勇者は力を効す。呫呫(ちょうちょう)として才と為し、捷捷(しょうしょう)として弁と為し、自ら衒(てら)い自ら伐(ほこ)らば、則ち賢者必ず楽しんで之が用を為さず。大氐(たいてい)人君自ら伐らば則ち臣の職行われざる所有り、相臣自ら伐らば則ち百執事(ひゃくしつじ)の職行われざる所有り。人の上為(た)る者は、約を操りて以て繁を馭(ぎょ)し、静に居りて以て動を制し、無心を以て天下の心に応ずれば、則ち令する所の者従い、庸(もち)うる所の者勧(はげ)む。苟(いやしく)も其の賢を知りて之に任じ、既に任じて之を疑い、務めて之を□(欠字)せんとせば、知らず用いざるに顧与(かえりみ)て、自ら其の才を任ずるや、奚(なん)ぞ異ならん。若(も)し然らば則ち体統(たいとう)失われて、謟佞(とうねい)の小人至らん。小人と処(お)れば、則ち天下の事、論ぜずして知るべし。吁(ああ)。

現代語訳

天子の役目で宰相を選ぶことより重いものはなく、宰相の役目で賢者を用いることより重いものはない。ではどうすれば人物の賢さを知ることができるのか。人々に尋ねればわかるし、その行動を観察すればわかるし、その人が誰を推挙するかを見ればわかる。家を建てるのに多くの職人の力を頼らなければ、いくら腕の良い棟梁でも家を完成させることはできない。それと同じで、国家のために多くの賢者を集めなければ、たとえ宰相に才能があっても国は治まらない。宰相たる者が本当に誠実に心を開き公平無私で、我(が)を捨てて広い心を持っていれば、自分にできないことがあれば能力のある者を推挙して用い、自分が知らないことがあれば知恵のある者を推挙して用い、自分が言いにくいことがあれば直言できる者を推挙して用いる。そうすれば、他人の能力がすべて自分のものとなる。もし自分一人で多くの人々の仕事を兼ねようとすれば、どんな大聖人・大賢人であってもできないことがある。真っ白な毛だけの狐は世界中どこを探してもいないが、真っ白な毛皮の衣を持つ者はいる。それは多くの狐の毛を上手に集めたからに過ぎない。まして大臣というものは、もともとすべてを知り尽くしていることが尊いのではなく、ただ心を公正にして人をねたむことがなければ、知恵のある者は策を尽くし、勇気のある者は力を尽くしてくれる。ぺらぺらとおしゃべりするのを才能だと思い、口の達者さを弁舌だと思い、自分をひけらかし自分の手柄を誇るなら、賢者は決して喜んでその人のために働こうとはしない。だいたい、君主が自らの手柄を誇れば臣下の仕事が滞り、宰相が自らの手柄を誇れば多くの役人の仕事が滞るものである。人の上に立つ者は、要点を押さえることで多くの事務を統御し、静かに構えることで動きを制し、私心なく天下の心に応じれば、命令はよく行われ、用いた人材はよく励む。もし賢いと知って任用しながら、任用した後になって疑い、その働きを妨げようとするならば、それは初めから知らずに用いないのと何ら変わらない。そのようであれば秩序は崩れ、へつらう小人物がのさばることになる。小人物とともにいれば、天下の事がどうなるかは論じるまでもなく明らかである。ああ。

解説

本章は宰相の最大の職責を「賢者を用いること」に置く。人材を見極める方法(人に尋ねる・行いを見る・推挙する人物を見る)を示し、一人の力では国は治まらず、多様な人材を結集させてこそ組織は成り立つと説く。狐一匹の白い毛皮はないが、多くの毛を集めた白裘は作れるという比喩は、組織運営における人材登用の本質を鋭く突いている。特に、部下を登用しながら後で疑い掣肘するなら初めから用いないのと同じだという指摘は、現代のマネジメントにも直結する教訓である。経営者やリーダーは、自分の万能さを誇示するのではなく、公正な心で嫉妬なく人材の力を引き出し、任せたら疑わず信頼し続けることが組織の秩序と成果を左右すると本章は教える。

この章句が説くこと

用賢人材登用信任公正

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