呂氏春秋 / 長見①
智所以相過,以其長見與短見也。今之於古也,猶古之於後世也。今之於後世,亦猶今之於古也。故審知今則可知古,知古則可知後,古今前後一也。故聖人上知千歲,下知千歲也。
新字:智所以相過,以其長見与短見也。今之於古也,猶古之於後世也。今之於後世,亦猶今之於古也。故審知今則可知古,知古則可知後,古今前後一也。故聖人上知千歲,下知千歲也。
書き下し
智の相過ぐる所以は、其の長見と短見と以てなり。今の古に於けるや、猶ほ後世の今に於けるがごときなり。今の後世に於けるも、亦た猶ほ古の今に於けるがごときなり。故に審らかに今を知れば、則ち古を知る可く、古を知れば則ち後を知る可し。古今前後一なり。故に聖人は上千歲を知り、下千歲を知るなり。
現代語訳
知恵に優劣の差がつくわけは、遠くまで見通す長見と、目先しか見えない短見の違いによります。今が古に対する関係は、ちょうど後の世が今に対する関係と同じです。今が後の世に対する関係も、また古が今に対する関係と同じです。ですから今をはっきりと知れば古を知ることができ、古を知れば後の世を知ることができます。古今も前後も、その道理は一つです。だから聖人は、上は千年の昔を知り、下は千年の後を知るのです。
解説
この段は「長見」篇の総論で、知恵の優劣は遠くを見通す先見の有無によって決まると説きます。要点は、古と今と後世は同じ道理で貫かれているから、今を深く知れば過去も未来も見通せる、というものです。背景には、歴史は同じ理法で繰り返し流れるという循環的な時間観があり、だからこそ聖人は千年の過去と未来を知りうるとされます。過去の観察から未来を推し量る発想は、経験則やデータから趨勢を読む現代の予測や戦略思考にも通じます。目先にとらわれず長期の見通しを持つことの価値を、この篇は一連の史話を通して説いていきます。
この章句が説くこと
長見先見短見古今前後一聖人予測