論語 / 陽貨篇
子曰:唯女子與小人為難養也,近之則不孫,遠之則怨。
新字:子曰:唯女子与小人為難養也,近之則不孫,遠之則怨。
書き下し
子曰わく、唯女子と小人とは養い難し。これに近づけば則ち孫(したが)わず、これを遠ざくれば則ち怨む。
現代語訳
孔子の本意は“身分や性別ではなく、依存と情の関係の難しさ”。
解説
この章句は、身分や性別についての言葉としてそのまま今の暮らしに当てはめるべきものではありません。あえて今の私たちの生き方に引きつけて読むなら、人との距離の取り方についての戒めと受け取ることができます。誰かと近づきすぎれば、遠慮がなくなり関係がだらしなくなり、逆に突き放しすぎれば、相手は寂しさや不満を募らせてしまう、ということです。親しい友人や家族との間でも、馴れ合いすぎれば礼儀を失い、冷たくしすぎれば心が離れていきます。ちょうど良い距離感を保ち続けることは簡単ではありませんが、近すぎず遠すぎない付き合い方を心がけることが、長く良い関係を保つ鍵になるという教えとして受け止めることができるでしょう。
この章句が説くこと
コミュニケーション規律公正性マネジメント人間関係
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