韓非子 / 亡徵第十五
羣臣爲學,門子好辯,商賈外積,小民右仗者,可亡也。好宫室臺榭陂池,事車服器玩,好罷露百姓,煎靡貨財者,可亡也。
新字:羣臣為学,門子好弁,商賈外積,小民右仗者,可亡也。好宫室台榭陂池,事車服器玩,好罷露百姓,煎靡貨財者,可亡也。
書き下し
群臣學を爲し、門子辯を好み、商賈外に積み、小民私に仗る者は、亡ぶ可きなり。宫室臺榭陂池を好み、車服器玩を事とし、好んで百姓を罷露し、貨財を煎靡する者は、亡ぶ可きなり。
現代語訳
群臣が学問(空論)にふけり、子弟が弁論を好み、商人が国外に財産を蓄え、民が私的な力に頼る国は、滅亡する可能性がある。宮殿・楼台・池を好み、車馬や衣服・器物・玩具に凝り、民を疲れさせ、財貨を蕩尽する国は、滅亡する可能性がある。
解説
重臣たちが実務を離れた学問談義にふけり、その子弟たちも口先の弁論ばかりを好み、商人は財産を国外へ蓄え、一般の民は国内で困窮していく。このような国は滅びる恐れがある、と韓非は言います。上の立場の人たちが現場を離れた抽象的な議論ばかりに夢中になり、実際に手を動かす人たちが苦しい思いをしている状態です。会社であれば、経営陣が立派な言葉の議論ばかりに時間を使い、現場は人手不足でくたびれ果てている状態、優れた人や資産がより条件の良い外へ流れ出し、内側だけがどんどん痩せていく状態がこれに当たります。言葉や理屈を弄ぶことより、目の前で困っている人を実際に助けることの方がずっと大切だという、地に足のついた教えです。
この章句が説くこと
現場軽視空理空論人材流出資産流出組織の空洞化
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