韓非子 / 忠孝第五十一
王者獨行、謂之王。・・・内治而裁外。
新字:王者独行、謂之王。・・・内治而裁外。
書き下し
王とは獨行する、之を王と謂う。・・・内を治めて以て外を裁するのみ。
現代語訳
「王」とは(他者に依存せず)独立して進む(獨行)者のことである。・・・(王者は)まず自らの内部(内)を徹底的に治め、その力をもって外部(外)を裁断(コントロール)するのだ。
解説
「王」とは、他人に振り回されず自分の足でしっかりと道を進む者のことを言います。そして王たる者は、まず自分の内側をきちんと治めたうえで、その力によって外のことに対処するのだと韓非は説きます。本当に強い組織や人は、周りの動きに一喜一憂して振り回されるのではなく、自分自身の芯となる考え方を持っています。人の上に立つ者は、まず自分の家庭や職場、日々の暮らし方といった「内側」を整えることに力を注ぐべきです。自分の足元がしっかりしていない人が外の世間に口を出しても、説得力は生まれません。まず身近な内側をきちんと治めること、それができて初めて、外の物事にも堂々と向き合えるようになるのです。
この章句が説くこと
内部充実コアコンピタンス経営戦略差別化リーダーシップ
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