韓非子 / 忠孝第五十一
王者獨行謂之王,是以三王不務離合而正,五霸不待從横而察,治内以裁外而已矣。
新字:王者独行謂之王,是以三王不務離合而正,五覇不待従横而察,治内以裁外而已矣。
書き下し
王者は獨り行ふ之を王と謂ふ、是を以て三王は離合を務めずして正し、五霸は從横を待たずして察す、内を治めて以て外を裁するのみ。
現代語訳
王者とは、独り立って行う者を王というのである。だから夏・殷・周の三王は、他国との離合集散に努めずとも正しく、五覇は合従連衡を待たずとも明らかであった。国内を治めることで国外を制したにすぎないのである。
解説
忠孝篇で、合従連衡の外交論を退けたあとに置かれた結論の一句です。王者とは他国との離合集散に頼らず、独り立って行う者のことであり、夏・殷・周の三王も斉の桓公ら五覇も、合従連衡に頼らずに正しく治め、明らかであったと韓非は言います。国内を治めることで外を制するのが本筋だという主張は、五蠹篇の「治強は外に責むべからず、内政の有なり」と同じ考え方です。今の組織でも、提携や買収といった外の動きで立場を強めようとするより、まず自社の足元を固めることが競争力の源泉だ、という教えとして読むことができます。
この章句が説くこと
王道内部充実内政コアコンピタンス経営戦略合従連衡
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