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牧民忠告 / 上任

治官如治家,古人嘗有是訓矣。蓋一家之事,無緩急巨細,皆所當知;有所不知,則有所不治也。況牧民之長,百責所叢,若庠序,若傳置,若倉廥,若囹圄,若溝洫,若橋障,凡所司者甚眾也。相時度力,弊者葺之,污者潔之,堙者疏之,缺者補之,舊所無有者經營之。若曰:「彼之不修,何預我事,瞬夕代去,自苦奚為!」此念一萌,則庶務皆墮矣。前輩謂:「公家之務,一毫不盡其心,即為苟祿,獲罪於天。」

新字:治官如治家,古人嘗有是訓矣。蓋一家之事,無緩急巨細,皆所当知;有所不知,則有所不治也。況牧民之長,百責所叢,若庠序,若伝置,若倉廥,若囹圄,若溝洫,若橋障,凡所司者甚眾也。相時度力,弊者葺之,污者潔之,堙者疏之,欠者補之,旧所無有者経営之。若曰:「彼之不修,何預我事,瞬夕代去,自苦奚為!」此念一萌,則庶務皆堕矣。前輩謂:「公家之務,一毫不尽其心,即為苟禄,獲罪於天。」

書き下し

官を治むるは家を治むるが如し、古人嘗(かつ)て是の訓(おし)え有り。蓋し一家の事、緩急巨細と無く、皆当に知るべき所なり。知らざる所有れば、則ち治めざる所有るなり。況んや民を牧するの長は、百責の叢(あつ)まる所、庠序(しょうじょ)の若き、伝置(でんち)の若き、倉廥(そうかい)の若き、囹圄(れいご)の若き、溝洫(こうきょく)の若き、橋障(きょうしょう)の若き、凡そ司(つかさど)る所の者甚だ衆(おお)し。時を相(み)力を度(はか)り、弊るる者は之を葺(ふ)き、汚るる者は之を潔くし、堙(うず)もるる者は之を疏(とお)し、缺くる者は之を補い、旧(もと)より無き所の者は之を経営す。若し曰わく、「彼の修めざる、何ぞ我が事に預(あずか)らん、瞬夕代(か)わり去らば、自ら苦しむこと奚(なん)為れぞ」と。此の念一たび萌さば、則ち庶務皆墮(おこた)らん。前輩謂う、「公家の務め、一毫も其の心を尽くさざれば、即ち苟禄(こうろく)と為り、罪を天に獲(う)」と。

現代語訳

官を治めるのは家を治めるのと同じである、と昔の人はかつてこう教えている。そもそも一家のことは、急ぎか否か、大事か些事かを問わず、すべて主人が知っておくべきことである。知らないことがあれば、治められないことがある。まして民を治める長官は、あらゆる責務が集まる立場であり、学校のこと、駅逓のこと、倉庫のこと、牢獄のこと、用水路のこと、橋や関所のことなど、およそ管轄する事柄は非常に多い。時勢を見て力量を測り、傷んでいるものは修繕し、汚れているものは清め、埋もれているものは通じさせ、欠けているものは補い、もともとなかったものは新たに設ける。もし「あれが整っていなくても自分に関係あろうか、あっという間に交代して去るのだから、自分から苦労することもない」と言うならば、この考えがひとたび芽生えれば、あらゆる職務がすべておろそかになるだろう。先輩はこう言っている。「公の職務において、少しでも心を尽くさなければ、それはただ禄を貪ることになり、天から罪を得る」と。

解説

この条は「官を治むるは家を治むるが如し」という比喩を軸に、統治の対象となる事柄をすべて自らの責任として把握すべきだと説く。学校、駅逓、倉庫、牢獄、用水、橋梁といった具体的な項目を列挙し、それらを「どうせすぐ交代するのだから」と放置する怠慢を戒める。任期が短いことを言い訳にせず、目の前の職務すべてに心を尽くすことこそ公職の本分だという主張は、実務書としての性格を色濃く反映している。現代の管理職にとっても、担当期間の長短にかかわらず、自分が預かる範囲のあらゆる課題を「自分事」として引き受ける姿勢の大切さを教えてくれる。

この章句が説くこと

治官如治家職責苟禄怠慢

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