呂氏春秋 / 務大⑤
昔有舜欲服海外而不成,既足以成帝矣。禹欲帝而不成,既足以王海內矣。湯、武欲繼禹而不成,既足以王通達矣。五伯欲繼湯、武而不成,既足以為諸侯長矣。孔、墨欲行大道於世而不成,既足以成顯榮矣。夫大義之不成,既有成已,故務事大。
新字:昔有舜欲服海外而不成,既足以成帝矣。禹欲帝而不成,既足以王海内矣。湯、武欲継禹而不成,既足以王通達矣。五伯欲継湯、武而不成,既足以為諸侯長矣。孔、墨欲行大道於世而不成,既足以成顕栄矣。夫大義之不成,既有成已,故務事大。
書き下し
昔者、舜は海外を服せんと欲して成らざるに、既に以て帝と成るに足れり。禹は帝たらんと欲して成らざるに、既に以て海內に王たるに足れり。湯・武は禹を繼がんと欲して成らざるに、既に以て通達に王たるに足れり。五伯は湯・武を繼がんと欲して成らざるに、既に以て諸侯の長為るに足れり。孔・墨は大道を世に行わんと欲して成らざるに、既に以て顯榮を成すに足れり。夫れ大義の成らざるは、既に成ること有るのみ。故に務めは大を事とせよ。
現代語訳
昔、舜は海外までも服従させようとして果たせなかったが、それでもその大志ゆえに帝となるには十分だった。禹は帝(天下の帝)たろうとして果たせなかったが、それでも海内に王たるには十分だった。湯王・武王は禹を継ごうとして果たせなかったが、それでも舟車の通う天下に王たるには十分だった。五覇は湯・武を継ごうとして果たせなかったが、それでも諸侯の長となるには十分だった。孔子・墨子は大いなる道を世に行おうとして果たせなかったが、それでも名声と栄誉を成すには十分だった。そもそも大いなる目標が完全には成らなくとも、志が大きければすでに相応の達成があるものだ。だから、務めるべきは大きなことを目標とすることなのである。
解説
篇の結びとして、たとえ理想の全てを実現できなくとも、大きな志を掲げること自体が大きな達成をもたらす、と説かれます。舜・禹・湯武・五覇・孔墨という歴史上の人物を挙げ、彼らの当初の目標は完全には成らなくても、その大志ゆえに帝・王・覇者・聖賢としての功名を残したと論じます。呂氏春秋は根本と大局を重んじる立場から、小さくまとまるより高い目標を掲げよと勧めました。目標を高く設定すれば、たとえ百点に届かなくても十分に大きな成果が残るという考え方は、目標設定や志の持ち方をめぐって、現代の私たちにも前向きな示唆を与えてくれます。
この章句が説くこと
務大大志舜禹湯武五伯孔墨目標設定
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