呂氏春秋 / 精諭②
勝書說周公旦曰:「廷小人眾,徐言則不聞,疾言則人知之,徐言乎?疾言乎?」周公旦曰:「徐言。」勝書曰:「有事於此,而精言之而不明,勿言之而不成,精言乎?勿言乎?」周公旦曰:「勿言。」故勝書能以不言說,而周公旦能以不言聽,此之謂不言之聽。不言之謀,不聞之事,殷雖惡周,不能疵矣。口㖧不言,以精相告,紂雖多心,弗能知矣。目視於無形,耳聽於無聲,商聞雖眾,弗能窺矣。同惡同好,志皆有欲,雖為天子,弗能離矣。
新字:勝書説周公旦曰:「廷小人衆,徐言則不聞,疾言則人知之,徐言乎?疾言乎?」周公旦曰:「徐言。」勝書曰:「有事於此,而精言之而不明,勿言之而不成,精言乎?勿言乎?」周公旦曰:「勿言。」故勝書能以不言説,而周公旦能以不言聴,此之謂不言之聴。不言之謀,不聞之事,殷雖悪周,不能疵矣。口㖧不言,以精相告,紂雖多心,弗能知矣。目視於無形,耳聴於無声,商聞雖衆,弗能窺矣。同悪同好,志皆有欲,雖為天子,弗能離矣。
書き下し
勝書、周公旦に説きて曰く、「廷小なるに人衆し。徐言すれば則ち聞こえず、疾言すれば則ち人之を知らん。徐言せんか、疾言せんか。」周公旦曰く、「徐言せよ。」勝書曰く、「此に事有り、而るに之を精言すれば而ち明らかならず、之を言うこと勿くんば而ち成らず。精言せんか、言うこと勿からんか。」周公旦曰く、「言うこと勿かれ。」故に勝書は能く不言を以て説き、周公旦は能く不言を以て聽く。此を之れ不言の聽と謂う。不言の謀、不聞の事は、殷、周を惡むと雖も、疵ること能わず。口吻言わず、精を以て相告ぐれば、紂、多心と雖も、知ること能わず。目は無形に視、耳は無聲に聽けば、商の聞衆しと雖も、窺うこと能わず。同惡同好、志皆欲する有れば、天子為ると雖も、離すこと能わず。
現代語訳
勝書が周公旦に説いて言った、「朝廷は狭いのに人が多い。小声で話せば聞こえず、大声で話せば人に知られてしまう。小声で話しましょうか、大声で話しましょうか。」周公旦は「小声で話せ」と言った。勝書は言った、「ここに用件があり、遠回しに言えば意が明らかにならず、言わなければ事が成りません。遠回しに言いましょうか、言わないでおきましょうか。」周公旦は「言うな」と言った。こうして勝書は言わずに説き、周公旦は言わずに聞き取った。これを言わざるの聴という。言葉によらぬ謀、聞かせぬ事は、殷が周を憎んでも非難できない。口先で言わず、心で通じ合えば、紂王が疑い深くとも知りようがない。形なきものを見、声なきものを聞けば、殷の間者が多くとも探れない。憎悪も好みも同じくし、志にともに求めるものがあれば、たとえ天子でも二人を引き裂けない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・用間篇微なるかな、微なるかな。間を用いざる所無し。間事未だ発せずして先ず聞こゆれば、間と告げられし所の者と皆死す。
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『重職心得箇条』第十六条物事を隠す風儀甚だあしし。機事は密なるべけれども、打ち出して能(よ)き事迄も韜(つつ)み隠す時は却って衆人に探る心を持たせる様になるもの也。
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易経・繋辞上「戸庭を出でず、咎无し。」子曰く、「乱の生ずる所は、則ち言語以て階(きざはし)と為る。君密ならざれば則ち臣を失い、臣密ならざれば則ち身を失い、幾事(きじ)密ならざれば則ち害成る。是を以て君子は慎密にして出ださざるなり」と。子曰く、「易を作る者は其れ盗を知れるか。易に曰く、負い且つ乗る、寇(あだ)の至るを致す、と。負うとは、小人の事なり。乗るとは、君子の器なり。小人にして君子の器に乗る、盗は之を奪わんと思う。上慢り下暴(あら)ければ、盗は之を伐たんと思う。蔵(おさ)むるに慢れば盗を誨(おし)え、容を冶(つく)れば淫を誨う。易に曰く、負い且つ乗る、寇の至るを致すとは、盗を招くなり」と。
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『韓非子』外儲説右上第三十四左右王の之を説ぶを引きて以て先づ客に告げ以て徳と為す。靖郭君の斉に相たるや、王后死す、未だ置く所を知らず、乃ち玉珥を献じて以て之を知る。一に曰く、薛公斉に相たり、斉の威王の夫人死す、中に十孺子有りて皆王に貴ばる、薛公王の立てんと欲する所を知りて一人を置きて以て夫人と為さんことを請はんと欲す。王之を聴かば、則ち是れ説王に行はれて、夫人を置くに重んぜらるるなり。王聴かざれば、是れ説行はれずして、夫人を置くに軽んぜらるるなり。先づ王の置かんと欲する所を知りて以て王に之を置くことを勧めんと欲し、是に於て十玉珥を為りて其の一を美にして之を献ず。王以て十孺子に賦す。明日坐して、美珥の在る所を視て王に勧めて以て夫人と為さしむ。甘茂秦の恵王に相たり、恵王公孫衍を愛し、之と間に言ふ所有り、曰く、「寡人将に子を相とせんとす」と。甘茂の吏穴に道りて之を聞き、以て甘茂に告ぐ。甘茂入りて王に見えて、曰く、「王賢相を得たり、臣敢て再拝して賀す」と。王曰く、「寡人国を子に託す、安んぞ更に賢相を得ん」と。対へて曰く、「将に犀首を相とせんとす」と。王曰く、「子安くにか之を聞く」と。対へて曰く、「犀首臣に告ぐ」と。王犀首の泄らすを怒り、乃ち之を逐ふ。一に曰く、犀首は、天下の善将なり、梁王の臣なり。秦王之を得て与に天下を治めんと欲す、犀首曰く、「衍は其れ人臣なる者なり、敢て主の国を離れず」と。居ること期年、犀首罪を梁王に抵し、逃れて秦に入る、秦王甚だ之を善くす。樗里疾は、秦の将なり、犀首の之に代はりて将たらんことを恐れ、穴を王の常に隠語する所に鑿つ。俄かにして王果たして犀首と計りて、曰く、「吾韓を攻めんと欲す、奚如」と。犀首曰く、「秋ならば可なり」と。王曰く、「吾国を以て子に累はさんと欲す、子必ず泄らす勿かれ」と。犀首反り走りて再拝して曰く、「命を受く」と。是に於て樗里疾や穴に道りて之を聴けり。郎中皆曰く、「兵秋に起こりて韓を攻め、犀首将たり」と。
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『韓非子』外儲説右上第三十四是の日に於てや、郎中尽く之を知る。是の月に於てや、境内尽く之を知る。王樗里疾を召して曰く、「是れ何ぞ匈匈たるや、何に道りて出づる」と。樗里疾曰く、「犀首に似たり」と。王曰く、「吾犀首と言ふ無きなり、其れ犀首は何ぞや」と。樗里疾曰く、「犀首や羈旅にして、新たに罪に抵す、其の心孤なり、是の言は自ら衆に嫁するなり」と。王曰く、「然り」と。人をして犀首を召さしむるに、已に諸侯に逃れたり。堂谿公昭侯に謂ひて曰く、「今千金の玉巵有り、通じて当無し、以て水を盛る可きか」と。昭侯曰く、「不可なり」と。「瓦器有りて漏れず、以て酒を盛る可きか」と。昭侯曰く、「可なり」と。対へて曰く、「夫れ瓦器は、至賤なり、漏れざれば、以て酒を盛る可し。千金の玉巵有りと雖も、至貴にして当無く、漏るれば、水を盛る可からず、則ち人孰か漿を注がんや。今人の主と為りて其の羣臣の語を漏らすは、是れ猶ほ当無きの玉巵のごときなり。聖智有りと雖も、其の術を尽くす莫きは、其の漏るるが為なり」と。昭侯曰く、「然り」と。昭侯堂谿公の言を聞き、此れより後、天下の大事を発せんと欲すれば、未だ嘗て独り寝ねずんばあらず、夢言して人をして其の謀を知らしむるを恐るるなり。一に曰く、堂谿公昭侯に見えて曰く、「今白玉の巵有りて当無く、瓦巵有りて当有り。君渇せば、将に何を以て飲まんとする」と。君曰く、「瓦巵を以てせん」と。堂谿公曰く、「白玉の巵美にして君以て飲まざる者は、其の当無きを以てか」と。君曰く、「然り」と。堂谿公曰く、「人主と為りて其の羣臣の語を漏泄するは、譬へば猶ほ玉巵の当無きがごとし」と。堂谿公見ゆる毎に出づれば、昭侯必ず独り臥す、惟だ夢言の妻妾に泄れんことを恐る。申子曰く、「独り視る者を明と謂ひ、独り聴く者を聡と謂ふ。
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