言志四録 / 南洲手抄
聖人如強健無病人。賢人如攝生愼病人。常人如虚羸多病人。
新字:聖人如強健無病人。賢人如摂生慎病人。常人如虚羸多病人。
書き下し
聖人は強健病無き人の如し。賢人は摂生病を慎む人の如し。常人は虚羸病多き人の如し。
現代語訳
聖人は、頑健で病気ひとつない人のようだ。賢人は、養生に努めて病を慎む人のようだ。普通の人は、体が弱く病気がちな人のようだ。
解説
人格の段階を、健康にたとえた一条です。聖人は生まれつき徳が完全で、無理なく正しくある「病なき人」。賢人はそこまでではないが、たえず自らを養生し、過ちという病を用心深く防ぐ人。常人は油断してすぐ心を病んでしまう人です。注目したいのは中間の「賢人」——完全ではなくとも、日々の摂生(自己管理)で徳を保つ姿は、私たちに最も現実的な目標像を示します。生まれつきの資質より、日々の手入れを続けられるかどうかを問う、実践的なたとえです。
この章句が説くこと
聖人賢人摂生自己管理日々の修養
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