呂氏春秋 / 處方③
齊令章子將而與韓、魏攻荊,荊令唐篾將而拒之。軍相當,六月而不戰,齊令周最趣章子急戰,其辭甚刻。章子對周最曰:「殺之免之,殘其家,王能得此於臣。不可以戰而戰,可以戰而不戰,王不能得此於臣。」與荊人夾泚水而軍,章子令人視水可絕者,荊人射之,水不可得近。有芻水旁者,告齊候者,曰:「水淺深易知。荊人所盛守,盡其淺者也;所簡守,皆其深者也。」候者載芻者與見章子,章子甚喜,因練卒以夜奄荊人之所盛守,果殺唐篾。章子可謂知將分矣。
新字:斉令章子将而与韓、魏攻荊,荊令唐篾将而拒之。軍相当,六月而不戦,斉令周最趣章子急戦,其辞甚刻。章子対周最曰:「殺之免之,残其家,王能得此於臣。不可以戦而戦,可以戦而不戦,王不能得此於臣。」与荊人夾泚水而軍,章子令人視水可絶者,荊人射之,水不可得近。有芻水旁者,告斉候者,曰:「水浅深易知。荊人所盛守,尽其浅者也;所簡守,皆其深者也。」候者載芻者与見章子,章子甚喜,因練卒以夜奄荊人之所盛守,果殺唐篾。章子可謂知将分矣。
書き下し
齊、章子をして將たらしめて、韓・魏と與に荊を攻む。荊、唐蔑をして將たらしめて之に應ず。軍相當たるも、六月にして戰わず。齊、周最をして章子を趣し急に戰わしむ。其の辭甚だ刻たり。章子、周最に對えて曰く、「之を殺し之を免じ、其の家を殘うは、王能く此を臣に得ん。以て戰う可からずして戰う、以て戰う可くして戰わず、王此を臣に得ること能わず。」荊人と泚水を夾みて軍す。章子、人をして水の絕る可き者を視しむ。荊人、之を射、水、近づくこと得る可からず。水旁に芻る者有り。齊の候者に告げて曰く、「水の淺深は知り易し。荊人の盛守する所は、盡く其の淺き者なり。簡守する所は、皆其の深き者なり。」候者、芻る者を載せて與に章子に見ゆ。章子甚だ喜び、練卒に因りて夜を以て荊人の盛守する所を奄い、果して唐蔑を殺す。章子は將の分を知ると謂う可し。
現代語訳
斉が章子を将として韓・魏と共に楚を攻め、楚は唐蔑を将として応じた。両軍は対峙したが、六か月戦わなかった。斉は周最をやって章子に急ぎ戦えと促し、その言葉は非常に厳しかった。章子は周最に答えた。「私を殺し、免職し、一族を滅ぼすことは、王は私に対してできる。しかし戦うべきでないのに戦い、戦うべきなのに戦わないよう仕向けることは、王にはできない」。楚人と泚水を挟んで陣取り、章子は人に渡れる場所を探らせたが、楚人が射てきて水に近づけない。水辺に草刈りをする者がいて、斉の斥候に告げた。「水の深浅は分かりやすい。楚人が厚く守るところは皆浅く、手薄に守るところは皆深いのです」。斥候は草刈りの者を乗せて章子に会わせ、章子は大いに喜び、精鋭の兵で夜に楚の厚く守る浅いところを襲い、ついに唐蔑を殺した。章子は将たる職分を知っていたといえる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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『墨子』號令守樓は質宫に臨みて善く周し、必ず宻に樓を塗り、下をして上を見る無く、上は下を見、下は上に人有ると人無きとを知る無からしむ。守の親しく舉ぐる所の吏の貞亷忠信にして害無く事に任ず可き者は、其の飲食酒肉、禁ずる勿かれ。錢金・布帛・財物は各おの自ら之を守り、慎んで相い盜む勿かれ。葆宫の牆は必ず三重、牆の垣、守る者、皆な瓦釜を牆上に累ぬ。門に吏有り、門里を主る者、筦閉には必ず太守の節を須つ。葆衛には必ず戍卒の重厚なる者を取り、吏の忠信なる者、害無く事に任ず可き者を擇ぶを請う。将衛をして自ら十尺の垣を築き、周く牆を還らしむ。門・閨なる者は、令衛の司馬門に非ず。氣を望む者の舍は必ず太守に近くし、巫の舍は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫・祝・史と氣を望む者とは、必ず善言を以て民に告げ、請を以て守上に報じ、守、獨り其の請を知るのみ。氣を望むに與らずして妄りに不善の言を為して民を驚恐せしむれば、斷じて赦す勿かれ。
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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